2007年8月アーカイブ

Canon EF-S 17-85mm F4-5.6 IS USM


EOS 40Dに合わせる1本目のレンズはEF-S 17-85mm  F4-5.6 IS USMにした。新発売のEF-S18-55mm F3.5-5.6 ISもコンパクトかつ安価でよさそうだったが、レンズの格としては40DというよりはKiss Digitalシリーズ向きな気がして魅力を感じなかった。本当はEF-S17-55mm F2.8 IS USMが気になったのだが、大きさと倍以上の価格で断念。あわてて高級レンズを買うこともないだろう。

40Dに装着して構えるとずっしりと重い。構えているときはいいがカメラを肩や首にかけているとレンズがだらんと下を向いてしまい収まりが悪い。40Dに拡張バッテリーパックをつけたら収まるだろうか?

銀塩換算27.2mm-136mm相当で、一本だけ持ち出すには便利な画角。Canon純正レンズには18mm-200mmのようなスーパーズームがないので、この選択になる。

手ぶれ補正はとても便利で、もうこれがない望遠系のレンズは買わないだろうなと思わせる。開放F値は4-5.6と暗いので、ボケを作りたいときには物足りない。

EOS 40D購入


キヤノンの最新デジタル一眼レフカメラ、EOS40Dを購入した。発表日にヨドバシで予約して発売日に入手。ずっと30Dの後継を待っていたので、ろくにスペックも調べず、実物も見ずに衝動買いしてしまった。

一眼レフは昔父親のα7000を使っていたことがあるが、その後自分で購入したカメラはコンパクトばかりだった。名機といわれるGR1を購入したり、デジカメではキヤノンのPowerShot S60を選んだりとどちらかというと値段にこだわらずに選んできたのだが、やはりファインダーが大きくないと撮っていて楽しくない。大口径とか超広角にも興味があったのだが、ついに念願のデジ一レビューとなる。

AFの速さやレリーズタイムラグの短さは満足。操作のレスポンスも良好だ。そして毎秒6.5コマの連続撮影。あんまり使い道はないが、マシンガンのように撮れるのは気持ちいい。コンパクトフラッシュも8GBのものが入手可能なので、最高画質でも数千枚の撮影ができる。ちなみにThinkPad X40のSSD化で使用したコンパクトフラッシュはX40から取り外され、こちらに収まった。

こんな高価なカメラを買って使いこなせるか心配だが、長く大切に使いたい。


野球部で万年補欠でいまも失業中のタカシ(大森南朋)。同窓会で酔った勢いで好きだった女の子に告白するために東京へ送り出され、公園で目覚めると目の前にキャッチボールをしている大人がいた。ことの成り行きで10分間100円のキャッチボール屋の留守番をすることになったタカシだが、意外と得意客などもいるようで...。

リアリティがあるのかないのかわからないとぼけた映画だが、大森南朋がぴったりはまっている。かわいいけれどちっともその気がないOL(キタキマユ)、甲子園のマウンドに悔いを残してきた野球中年(寺島進)など、魅力的ながらも浮世離れした登場人物たちが、楽しくもささやかな時を過ごす。しかし終わり方は中途半端というか、だから何というか、まあ平凡なエンディングで、まあそういう映画なんだなという後味が残る。

★★★☆ 幻の光


ゆみ子(江角マキ子)の祖母は子供の頃に失踪した。ゆみ子は祖母を引き止められなかったことを心の傷として生きていた。十数年後、ゆみ子は夫と生まれたばかりの息子と幸せに暮らしていたが、夫は線路の上をひとり歩いていて死んでしまう。なぜ夫が死んだのか、ゆみ子には判らない。やがてゆみ子は知人の紹介で遠く輪島の漁村へ再婚して行き、厳しい自然の中で落ち着いた生活を送るようになる。しかしやがて、ゆみ子は再び夫がなぜ死んでしまったのかを思うようになる。

人間を描いて定評のある是枝裕和監督のデビュー作だが、まずその映像技術に舌を巻く。完璧な構図、奇跡のように美しいロングショット、超望遠を使った臨場感。日本海の冬の濃密な描写。そこに同じく初主演の江角の、全存在を賭けたかのような見事な演技。映画作りの教科書にしたいような作品である。

ストーリー展開は淡々としていて説明も少ないし、ぐいぐい引き込まれて時間を忘れるというような映画ではない。観るほうが試されるような映画である。

★★★  立喰師列伝


終戦後、闇市の立ち並ぶ街角で立喰師と恐れられる男たちがいた。彼らは独特の技術と戦術をもち、代金を払わずに立ち食い蕎麦屋を渡り歩くプロなのだ。

スチル写真をやりたい放題でCG処理し、動く絵本のようなアニメーションとドキュメンタリ調のナレーションで描く本作は、なかなかにマニアックな出来上がりである。しかし攻殻機動隊、イノセンスでみせた内容の無さは相変わらず。伝えるべきものをもたない表現力のむなしさといってしまったら言い過ぎか。

前半はそれでもしっかりと世界を作りこんでいて楽しいが、年代が現在に近づいて来た後半は似たような立喰師が現れたり、技も技になってなかったりで飽きてしまう。多分監督も飽きてきたんだろうなと思う。90分の短編映画だが、あと30分は短くてもよかった。

外出先から自宅のWindows PCにリモートデスクトップ接続をしてみよう。BBルータのNATとフィルタをいじって直接PCにアクセスさせる方法もあるのだが、セキュリティが大甘になるし管理も大変なので、sshのポートフォワーディングを使うことにした。sshサーバはWebサーバとして使っているLinux Boxで、既にインターネットからsshで接続できるように設定をしてある。

構成は以下のとおり
インターネット<=|=>自宅LAN
[PC]---(Internet)---[BBルータ]---[Linux]---[Windows XP]

PCはWindows2000で、リモートデスクトップクライアントのソフトをインストールしてある。sshクライアントとしてはTTSSHを使う。
BBルータはインターネットからLinuxへのssh接続を許可する。
Linuxはsshdのポートフォワードを許可するだけで、デフォルト状態でOK。
Windows XPはリモートデスクトップ接続を有効にしておき、パーソナルファイアウォールも穴をあけておく。リモートデスクトップのポート番号はTCPの3389。

【TTSSHの設定】
①設定>SSH転送メニューを選ぶ。
②追加ボタンを押して、以下のように設定
- ローカルのポート:3389
- リモート側ホスト:192.168.0.x (Windows XPのアドレス)
- ポート:3389
③OKでウィンドウを閉じ、もう一度OKでメインウィンドウに戻る
④設定>設定の保存メニューで設定を保存する。


この設定を行ったら、PCのTTSSHで普通どおりにLinuxへ接続する。そして接続が確立した状態でPCから127.0.0.1(自分)にリモートデスクトップ接続をすると、その通信がsshで転送されてWindows XPへつながる。

なおPC自体がリモートデスクトップ接続を有効にしていると、自ホストのTCP3389がバッティングする。その場合はTTSSHのローカルのポートを13389などに変更して、リモートデスクトップ接続をするときに127.0.0.1:13389に接続をすればOK。

またセキュリティを考慮するのであれば、Windows XPのリモートデスクトップのポートも変えておいたほうがいいとおもう。これはレジストリをいじる必要がある。

★★★★ 初恋


学生運動の高まる1960年台末。母親に捨てられ親戚の家で疎外感と共に暮らすみすず(宮崎あおい)は、母と共に去った兄が渡してくれたメモを手がかりにジャズ喫茶へ足を踏み入れる。そこには社会からあぶれた若者達が日々集まっていた。

三億円事件の実行犯が高校生の少女だったという物語で、もちろんフィクションとされているが、原作者が主人公と同じペンネームを使っていること、他に作品を発表していないことなどから実話なのではないか、そうだったら面白いという興味も手伝い話題性が高い。しかしこの映画の主題はそこではなく、まさに『初恋』そのものだった。

東大生の岸(小出恵介)に、社会と戦う為にはお前が必要なんだと言われ、はじめて居場所をみつけるみすず。それが三億円強奪の計画だとしても必死になって準備に励む姿は、本作で唯一生き生きと見えて切ない。あれほどの笑顔が素敵な宮崎あおいにほとんどにこりともさせない演出は徹底したものがある。本作では台詞がほとんどないが、そのぶん目だけで力のこもった演技をして見せてくれる。

ストーリーの展開はゆっくりで、他の役者の演技も押さえ気味。当時の時代の空気をしっかり描いてはいるが観ていてそれほど楽しいものでもなく、退屈に思う人もいると思う。しかしみすずへの感情移入ができた人は高い評価をつけられると思う。物語の終わり方があまりにも悲しくて、打ちのめされてしまった。

元ちとせの主題歌は、もうすこし普通に歌ってほしい。歌詞もメロディーもまずまずだし声も独特できれいなのだが、あの歌い方は引いてしまうものがある。

現代の天才レントゲン医師・芳一(オダギリジョー)のもとに、サンショウウオのキンジローを撮影してほしいという依頼が来る。キンジローは1867年のパリ万博に出展されたという『動物国宝』であり、管理しているサラマンドル・キンジロー財団は国から多額の補助金を得ているが、対立する団体からその真正性を疑っているのである。キンジロー捕獲の為に芳一は財団の建物に侵入したが、キンジローは一足先に誰かに連れ去られていた。

はじめからおバカな映画であることは承知で、見る前は期待感が結構高く、見ている間はこんなもんかと思い、後で思い出すともしかして面白かったかも?と首をかしげるような映画である。ストーリーはめちゃくちゃで、特に後半は死んだ人が生き返ったり、行動の理由がわからなかったり、オチもまったくもって意味不明なのだが、オダギリジョーの魅力が満載であるということは間違いない。

sshでRSA鍵を使う

sshはtelnetに比べると通信が暗号化されている分だけセキュアだが、ユーザ名とパスフレーズによる認証だけだと破られる危険がある。インターネットから接続できるサーバではこれはとても危ない。よってホスト認証を使い、特定のクライアントからしか接続できないようにする必要がある。

sshクライアントとしてはTTSSHを使う。これ単体でキーの生成もできてしまうので便利。
【キーの生成】
まずはじめに、秘密鍵と公開鍵のペアを生成する。
①TTSSHの設定>SSHキー生成メニューを選ぶ。
②キーの種類はデフォルトのRSAでいいと思う。
③生成ボタンを押す
④キーのパスフレーズを入力する。これは接続先のサーバのパスワードとは関係なく、このキーを不正に使われないためのもの。
⑤公開鍵の保存ボタンと、秘密鍵の保存ボタンを1回ずつクリックする。
⑥TTSSHのフォルダにid_rsa(秘密鍵)とid_rsa.pub(公開鍵)が出来ていることを確認する。
秘密鍵は人に知られてはいけない。またこれを消してしまうとssh接続が出来なくなるので厳重に管理する。

【サーバへの公開鍵の登録】
サーバ(Linux)に先ほど生成した公開鍵を登録する。
①ホームディレクトリに.sshというディレクトリを作り、パーミッションを700とする。
②.sshの中にauthorized_keysというファイルをつくり、パーミッションを600とする。
③authorized_keysのファイル内に、先ほど生成した公開鍵の中身を転記する。ただし最後の部分がユーザ名@ホスト名となっているので、ユーザ名に書き換える。

以上で設定は終わり。つなげてみよう。
【TTSSHからの接続】
①ファイル>新しい接続メニューを選択
②ホスト(サーバのIP)、TCPポート(22)、サービス(SSH)、SSHバージョン(SSH2)を指定してOKボタンを押す。
③ユーザ名(接続先サーバにおけるユーザ名)、パスフレーズ(秘密鍵のパスフレーズ)、RSA/DSA鍵を使う、秘密鍵(先ほど生成したid_rsaを選択)を入力して、OKをクリック。プレインテキスト認証の時とはパスフレーズの意味が変わっているので注意。

これで接続が出来ることを確認したら、もともとのプレインテキスト認証を不許可にしよう。rootになって/etc/ssh/sshd_configを編集して、PasswordAuthentication yesの行をPasswordAuthentication noと変えて保存する。そうしてservice sshd reloadとすると反映され、ユーザ名/パスフレーズではログインできなくなっているはず。

このサイトはBフレッツを引いて立ち上げているが、当然固定IPではないので@niftyのダイナミックDNSサービスを利用している。そこで定番のDiCEを利用して、ダイナミックDNSの更新を自動化した。

①DiCE for Linuxをダウンロードする。(バージョンは0.19だった)
②解凍して/usr/local/bin配下にDiCEディレクトリをおく。
③cd /usr/local/bin/して、./dicedで実行する。
※日本語コードとしてEUCを使っているので、ターミナルの設定変更が必要な場合がある。
④以下、対話形式で設定
[root@www DiCE]# ./diced
=-=-=- DiCE DynamicDNS Client -=-=-=
Version 0.19 for Japanese
Copyright(c) 2001 sarad

:?
*** 起動オプション ***

diced [-s|-d|-h|-e] [-b] [-l]

-s 起動と同時に開始します
-d 起動と同時にバックグラウンドで開始します
-h コマンドオプションを表示します
-b イベント実行時にビープ音を鳴らします
-l ログを作成します
-e 指定のイベントを実行して終了します


*** コマンド一覧 ***

exit DiCEを終了します
start DiCEを開始します
startd DiCEをバックグラウンドで開始します
setup DiCEの環境設定を行います
list 登録済のイベント一覧を表示します
add イベントを追加します
ed[it] <番号> イベントを編集します
del <番号> イベントを削除します
en[able] <番号> イベントを有効にします
dis[able] <番号> イベントを無効にします
ev[ent] <番号> イベントの情報を表示します
ex[ec] <番号> イベントを今すぐ実行します
logcr ログをクリアします
:add
新しくイベントを追加します

DynamicDNSサービス名を入力してください
"?"で対応しているサービスを一覧表示します
(P)戻る
> >@nifty
-------------------------------------------------
<< @niftyダイナミックDNS >>
URL: http://www.nifty.com/ddns/index.htm

=================================================
ドメイン名を入力してください
"?"でドメイン一覧を表示します
(P)戻る
> >www.grandarbre.net
=================================================
ホスト名を入力してください
(P)戻る
> >p
=================================================
ドメイン名を入力してください
"?"でドメイン一覧を表示します
(P)戻る
> >grandarbre.net
=================================================
ホスト名を入力してください
(P)戻る
> >www
=================================================
ログインユーザ名を入力してください
(P)戻る
> >********
=================================================
ログインパスワードを入力してください
(P)戻る
> >********
=================================================
登録するIPアドレスを入力してください
空白にすると現在のIPアドレスを自動検出します
(P)戻る
> >
=================================================
このイベントに題名を付けてください
(P)戻る
> >@nifty_update
=================================================
このイベントを実行するスケジュールを設定します
-------------------------------------------------
実行する頻度を指定してください (番号入力)
(0)1回のみ (1)1日1回 (2)1週間に1回 (3)1ヵ月に1回
(4)その他の周期 (5)IPアドレス変化時 (6)起動時
(P)戻る
> >5
-------------------------------------------------
IPアドレスがあまり変化しない環境の場合、更新せずに一定期間を過ぎると
アカウントを削除されてしまうことがあります
IPアドレスの変化が無い時に実行する間隔を指定してください
(0)7日毎 (1)14日毎 (2)21日毎 (3)28日毎
(4)35日毎 (5)56日毎 (6)84日毎
(P)戻る
> >0
=================================================
詳細オプションを設定します
-------------------------------------------------
[ オフライン ]
(0)No (1)Yes
番号>0
=================================================
このイベントを有効にしますか? (Y/N)
(イベントの有効/無効は"EN/DIS"コマンドで切替えられます)
> >y
=================================================
イベントを保存しますか? (Y/N)
> >y
イベント"@nifty_update"を保存しました
=================================================
:list
(No.) (イベント名) (スケジュール) (次回予定)
0 * @nifty_update IPアドレス変化時 (7日毎) 09/03 16:27
:
:exec 0

+ 8/27 16:29 に@nifty_updateが実行されました
IPアドレスを更新しました
:exit
[root@www DiCE]#


⑤再起動してもdicedが自動的に起動されるように/etc/rc.d/rc.localに以下の行を追加。
/usr/local/bin/DiCE/diced -d -l

★★★  オーシャンズ12


前作でカジノから大金を盗み出したダニエル・オーシャンと仲間達の処にカジノのオーナーから連絡が来た。二週間以内に盗んだ金を返さないと報復をするという。しかし金はほとんど使ってしまっており、ダニエルたちはその埋め合わせのために次の仕事を計画する。

前作を見ていないので比較ができないが、本作はしょっぱなからハリウッド映画臭さが鼻につく。いわれて返すくらいなら盗まなければいいし、そのために次の盗みをするなんて馬鹿馬鹿しい。スターをたくさん出演させて豪華絢爛という映画制作上の都合が透けて見えるが、はたして一人一人を丁寧に描ききれず、結局ジョージクルーニーとブラッドピットとその他大勢というかんじにまとまりがない。また物語の中でジュリアロバーツに偽ジュリアロバーツを演じさせるなど、手前味噌が過ぎる。まさにハリウッドによるハリウッドのための映画といえよう。

PICNIC

秋月電子通商の通販でPICNIC ver2を購入した。PICという小型のマイコンチップとプリント基板、部品などが一式そろったキットで、PICの持つアナログ入力/デジタル入出力機能を実装し、シリアルポート(RS-232C)やLAN(TCP/IP)から制御することが出来る。

今年の夏はたいへん暑かったため外出先から自宅の室温を調べたくて、LAN接続できる温度計がないかと探してみた。ところがそういう製品はだいたい産業用で、数万円以上する。シリアルポートで制御できるものはもっと選択肢があったが、自分がネットワーク屋である点、Webサーバ(Linux)からの制御が難しそうな点、そして多数繋げるのに不利とおもわれる点で避けた。

そこで見つけたのが上記の製品で、おまけ機能としてボード上に温度センサが載っており、ブラウザから気温を見ることが出来る。

キットの価格は6,300円で、ACアダプタ、液晶表示、送料代引き手数料込みで約10,000円。夏休みの繁忙期とのことだが申し込み後3日くらいで届いた。

このキットは小さな部品は基板に実装済みだが、大きな部品は自分で半田付けしなければいけない。半田ごては約20年前に中学の技術家庭科の授業で作ったもの。半田ごてを使うの自体何年ぶりだろう。半田はIC工作に向く細くて溶けやすいものを購入してきた。

はじめ送付されたパーツと基板を見て、こんなこまかい半田付けは無理じゃないかと怖気ついたが、やってみると意外と難しくない。特にミスもなく2時間くらいで組み立ては終わった。

AC電源をつなげて、ブロードバンドルータのHubにLANケーブルで繋ぐ。PCからブラウザで192.168.0.200にアクセスすると、ちゃんとWeb画面が現れた。回路設計もプログラム設計もしていないし理解できていないので自分で作ったとは言いがたいが、ちょっとうれしい。

肝心の温度計だが、すこし高く出る。ほんとうは較正しないといけないのだが、ホームページに載せるプログラムで調整しよう。設置場所が玄関口なので、寝室とリビングにもセンサーを伸ばしたい。アナログ入力がいくつもあいているのでこれを使えばできるかな?

★★★★ ラストサムライ


明治維新直後、西洋風の産業や軍を取り入れようと必死の日本政府の招きで、アメリカ南北戦争の英雄オルグレン大尉(トム・クルーズ)は日本にやってきた。自身が戦争に飽き飽きしており、ただ金の為だけに教練を施すオルグレンだったが、日本の尊王派の反乱軍に捕らえられ、首領の勝元と交流をするうちに侍の精神性に惹かれるようになる。

ハリウッドが日本を描いた大作と聞くと嫌な予感がするが、本作は考証という面でもとてもよくできている。日本の景色に似合わないシダ類が出てきたり、日本の侍はフルネームを名乗るべきところを勝元の姓が出てこなかったりと多少の突っ込みどころもあるし、町並みもすこし違和感があるが、日本人が無理なく没入できる程度には日本を描けている。武士道が過度に単純化と美化をされているような気もするが、ハリウッドがここまで他文化を描くようになったというのは驚く。もちろん日本人をちゃんと日本人の、しかも実力が確かな俳優が演じているのもポイントだろう。ただし渡辺謙はじめ日本人がみな英語ぺらぺらなのは大問題なので、字幕でなく日本語吹き替え盤で見るのが正しい。

また殺陣の質の高さは息を呑むほど。日本の時代劇もこれほどのアクションシーンを撮ってほしいものだ。

ストーリーは、天皇に取り入って近代化を推進しながら私腹を肥やす財閥と、ひたすら天皇に忠義を尽くし、結果として近代化に反対することになった武士の勢力の戦いを、アメリカ軍人の目でみるという形となっている。自身が戦争や金儲けに嫌気がさしているオルグレンは、侍の生き様と死に様の中に拠るべきものを見つけ、自らの行動をも侍の誇りで律するようになる。鎧兜を来たオルグレンにあまり違和感がなく、更には軍服に戻ったオルグレンまでもが侍に見えないのは、見事な演出だ。オルグレンと、彼が殺した侍の妻(小雪)との間に淡いロマンスがあるが、ぐっと表現を抑えてくれて助かった。ここで小雪が操を捨ててしまうと、売春婦国家の感がぬぐいきれなくなる。

本作で最も好感が持てたのが青年天皇の描き方だ。財閥にいいように操られそうになりながらも、自らの頭で真摯に考える姿は、明治の日本の姿そのものとかぶり瑞々しい。日本人としてよくぞこう描いてくれたと思わずにいられない。

武士道とは何か、と深く切り込んだ作品ではもちろんないが、ハリウッドが日本をきちんと描くことができるということを証明した点で画期的な作品である。

憲法九条と自衛隊

終戦の日、テレビや新聞ではさまざまな論評をしている。NHKでは憲法改正と自衛隊の是非を問う討論番組をやっていた。

私は子供のころ東南アジアで育ったため、10歳頃に帰国したときはかなり左寄りの子供だった。日本軍は悪鬼のごとく残虐で、日本はアジアの国々に対して永久に償いきれない負債を負っており、自衛隊は憲法違反なのだから即時廃止するべきで、もちろん人類平等に反する天皇制も廃止するべきである。日の丸、君が代は憎むべき敵のシンボルだ。平和憲法という世界に誇れる宝があるのだから、たとえ外国に侵略されることがあっても、命に換えて守るべきである。そもそも武力を持たずに平和主義を貫き、周囲の国と誠実につきあえば侵略などされるはずがない。

...いま思うと、なんと子供らしい浅い思慮であったかと恥じ入る。一つ一つ考えていきたい。

①日本軍は悪鬼のごとく残虐であった
日本軍が残虐であったのは事実であろう。しかしそれは戦争というものがもつ残虐性であり、他国の軍が人道的なわけではもちろんない。残虐性をいうのであればアメリカの原爆のほうがはるかに残虐性が高い。日本軍のしたこともアメリカ軍のしたことも残虐という点では変わりない。補足するのであれば、食料も尽きた日本兵は人間としての品性を維持できないまでに追い詰められた。そのため特別に残虐となった場面もあるかもしれない。

②日本はアジアの国々に対して永久に償いきれない負債を負っている
戦争による負債という考え方は、戦争を行った一世代のみにとどめるべきである。それをしないから憎しみの連鎖が続くのであり、戦争が絶えない。これは人間が他の動物に徹底的に劣る部分である。歴史を正しく認識し、歴史から何かを学ぼうと思ったら、貸し借りや憎しみを外して考えなければいけない。

③自衛隊は憲法違反なのだから即時廃止するべきである。
国を守るための軍事力はいかなる主権国家にも保有が認められたものであり、本当にこれを一切もつことができないというのであれば、もはや憲法の名に値しない。自らを守る力を持たず他国の軍事的な傘の下で金儲けだけをしている国が信頼されるはずがない。私だって戦争は嫌だが、戦争を厭うことと防衛力を放棄することは別である。アジアの国々の反発を受けるというがそんなことは当たり前であり、それを恐れて丸裸でいるのが良いというのは亡国の思想である。

④天皇制については、これは日本の伝統文化であると認識をしている。たとえば天皇陛下の為に死地に赴く気はさらさらないが、正月やお盆の風習とおなじように、尊重して守っていくべきだとおもう。ただ日の丸、君が代については今でも違和感が消えない。そもそも何かのシンボルの下に括られるのが
嫌いな気性であるので、これは今後も変らないだろう。第一君が代は歌詞が悪い。教育の場で強制することも反対する。愛するべきはこの国の文化であり歴史であり、かつてここに生きた人々そしていまここに生きる人々であるべきである。何らかの恣意的な記号を愛するように刷り込まれるのは嫌だ。

⑤平和憲法という世界に誇れる宝がある。
平和憲法と呼べば格好よいかもしれないが、それに基づいて武力を放棄するとしたら、なんら平和に貢献をすることができない。僕は弱いんだから苛めないでよ、といってガキ大将の後ろに隠れているだけである。戦後の日本は軍事費を抑えたおかげで高度経済成長をすることができたという見方もあるが、だとすればそれは大声で誇るようなことではないし、今後も続けられると考えるべきではない。

⑥たとえ外国に侵略されることがあっても、命に換えて平和を守るべきである。
10代のころ友人が、『平和のためなら死んでもいい、他国が責めてきたら率先して殺される』と宣言したことがあった。こういう空論が国を守ることはないし、『だからあなたも一緒に死ぬべきだ』という考えに至ったとしたら、軍国主義と同じくらい恐ろしい。友人もそろそろ人の親になったと思うが、子の顔をみながら同じことが言えるだろうか。

こう書くとだいぶ右寄りのタカ派のようだが、私は街宣車で大音量の軍歌を撒き散らし、旧日本軍を賛美し、暴力団や総会屋とつながる右翼は明確に嫌いである。

★★★☆ ハザード


大学生のシンは、日本の退屈な日常から抜け出したくて、単身ニューヨークに渡った。だが向こう見ずなだけで語学にも疎いシンは黒人に荷物を脅し取られてしまい、無一文で食料の万引きを図る。そこで出会ったのがギャングのリーとタケダだった。

役の違いということもあるが、オダギリジョーが他の役者に喰われる映画というのは初めてみた。ジェイ・ウエストの演技のキレには神がかったものがある。カナダ出身でフランス人と日本人を両親に持つということだが、世界は広い。

3人はドラッグ入りのアイスクリームを売り、強盗を繰り返し、好き勝手に振舞う。極めてインモラルだが、見ていてゾクゾクさせられる。シンが何度かつぶやく『眠い国、日本』とは対極の世界がそこにある。

刹那的な享楽を求め、危険を省みず、もちろん法も犯してはばからない3人。こういった生活はたとえ映画の上でも続くはずがなく、やがて終わりを迎える。こういうタイプの映画はどうやって終えるかが大事だが、本作ではリーは刑務所に入れられ、タケダは警官に射殺される。シンはリーに必ず出してやると約束をして、日本に戻る。ニューヨークではリーに庇護される程度の存在だったシンだが、渋谷ではチーマーに絡まれても圧倒的な余裕がある。こののちシンが渋谷でニューヨークのときのように暴れまくるとも思えず、結局のところひとつの青春が泡のようにふくらみ、はじけたと見るのが妥当と思う。

ニューヨークにはリーの親友だったウォンがおり、3人が駆け抜けた舞台としてのニューヨークはもちろん残っている。難しいこともカタいこともいわず、3人の若者の肖像として楽しんで見るのがこの映画の正しい見方と思う。

ソウルフード

ソウルフードとは、かつて貧しいアメリカ黒人たちが白人の食べない鶏や豚の内臓や足などで作った料理。それが転じてそれぞれの地域や民族で、子供の頃から食べてきた食べ物のことをさす。日本語でいえば『おふくろの味』というところか。

最近見たふたつの邦画(『UDON』、『かもめ食堂』)で、日本人にとってのソウルフードという話が出てきた。『UDON』ではもちろんうどん、『かもめ食堂』ではおにぎりのことをそう呼んでいた。そこで、勝手にランキングを作ってみた。人によってもちろん順位の違いはあろうし、異論もあるだろうがそこは笑っておさめてほしい。

【10位】かけそば
かつて『一杯のかけそば』という童話が話題となった。貧しい母子が毎年大晦日にかけそばを食べに来る。三人の母子は一杯のかけそばを分け合って食べ、帰って行く。日本中を感動の渦に巻き込み(とマスコミで喧伝され)、次に作者が寸借詐欺師であること、物語も実話ではなく創作の可能性が高いことが判明してバッシングにあった。実は私は結構な泣き上戸だが、この作品はあまりの物語の陳腐さにあきれてしまった記憶がある。とはいえ当初は多くの人が感動したと言っていたわけであり、かけそばという食べ物が日本人の心の琴線に触れるのは確かだと思う。年越し蕎麦は、大晦日の夜に一家そろって食べる。大晦日は掛け取り(商店のツケの回収)があり、庶民にとって払えるかどうかは大問題。それもすべて済ませて、除夜の鐘を聞きながら煩悩を忘れ、蕎麦を食べながら新しい年を迎える。蕎麦は救荒食物であったこともあり、江戸時代の人にとってはソウルフードNo.1かもしれない。しかし今はかけそばは駅でサラリーマンがかきこむファストフードに成り下がり、そうでない蕎麦は高価で風雅な食べ物となってしまっている。世代によるかもしれないが、自らの体験でかけそばを想いジーンとするひとは少ないと思うので、10位とする。

【9位】ラーメン、牛丼
学生時代、金がなくてラーメンばかりだったという人は多いはず。それも今風の凝ったものではなく、しょうゆだしの中華そば。ナルトとシナチクと薄いチャーシュー、場合によってはワカメとネギものっている。金があるときや体調が悪いときは生卵をのせてもらう。これとインスタントラーメンを合算すれば、それこそ俺の青春時代の主食だ!という人も多かろう。牛丼はラーメンと比べるとやや情緒性に劣るが、安くて早くて腹が膨れるので同じような役割を果たしてきたと思う。しかし先祖代々食べてきたものではないこと、子供の頃から食べてきたものでもないことから、9位とする。

【7位】ハンバーグ、カレーライス
子供が大好きな料理。簡単なのでお母さんもよく作る。ハンバーグはお弁当、カレーライスは夕食の定番中の定番。育ち盛りの子供の体の体重のかなりの部分はこのふたつの料理に由来するものではなかろうか。味付けも家庭ごとに個性があるし、ソウル度は高い。しかしこれも『子供の料理』といってしまえばそれまでで、あまり高位には上がれない。

【5位】目玉焼き
朝食はごはん派とパン派がいると思うが、パン派にとって外せないのが目玉焼き。3人兄弟とかだとフライパンで3つ一緒に焼いて、フライ返しで切って取り分ける。絵になる光景だが、日本的でないのがすこし弱い。

【4位】お茶漬け
『お茶漬けの味』という小津安二郎の映画と、まったく別の小松左京の小説がある。映画は未見だが、小説は遠く宇宙旅行をしてきた飛行士が知人がだれも生きていない地球に戻ってくる話だった。ストーリーを知らなくても、このタイトルをみれば誰もが望郷の念を抱くだろう。『俺はお茶漬けで育った』という人は少ないと思うが、それでもお茶漬けは日本人の心に染み付いている。

【3位】漬物
昔の庶民は、肉や卵を使った料理などはめったに食べられなかったろう。漁村を除けば魚もそう頻繁に食べられるものではなかったろう。そんな日々の食生活の上でおかずと呼べるものは漬物くらいだったに違いない。漬物は日本古来の保存食で、野菜類を醗酵させることにより保存性を増し、風味を増し、さらには栄養価も増す。地味ではあるが主食とともに日本人の命をつないできた食べ物なのである。かつては各家庭にぬか床があり、毎朝お母さんがきゅうりや茄子のぬか漬けを出してくれる。昭和の時代まではどの家でも見られた光景だとおもう。しかし最近は安価に作られた市販品で済まされれ、町の定食についてくる漬物も残されがち。残念ではあるが、飽食の時代にあってはあまり振り返られないものとなっている。

【2位】味噌汁
子供の頃、毎朝母親の味噌汁を作る包丁の音で目が覚める。実際にはそうでなかったとしても、多くの日本人が懐かしい子供時代の思い出の描写として認めるところだと思う。どんな日本食にも欠かせない。まさしく日本人の魂につながる食べ物。ただカロリーを得るという意味での主食ではないので2位とした。

【1位】おむすび
当たり前すぎて申し訳ないが、日本人としては米の飯を外すわけにはいかない。その中でもおむすびは携行食であり行動食であるため、勤勉で誠実な日本の庶民を支えて来た。さらに昔は銀シャリはめったに食べられないものであり、おむすびは収穫の喜びと感謝を神に捧げるお供えであり、最高のご馳走でもあった。現代でもおむすびはコンビニの定番商品で、忙しい企業戦士たちの活力を支えている。


黒人のソウルフードは、普段は意識をされることがなくても、民族の苦しみに満ちた過去、それに戦い生き抜いてきた誇りを想起する食べ物なのだろう。それゆえ彼らはそれに『魂の』食べ物という名を付けた。日本人がなにか大切な戦いをするときに用意する食べ物はなんだろう。やはりそれはおむすびだと思うのである。先日、生活保護を打ち切られた男性が餓死をする直前に『おにぎりが食べたい』という文を書き残していたと報道された。事件の論評は他に譲るとして、ソウルフードとはそういうものなのだろう。

★★★☆ 雪に願うこと


東京で事業に敗れた学(伊勢谷友介)は、連絡もせずにふるさと帯広に戻ったが、立ち寄ったばんえい競馬で有り金をすってしまった。学の兄の威夫(佐藤浩市)はばんえい競馬で馬舎を営んでおり、一度は家族を捨てた学に冷たくあたるが、衣食と仕事を与える。

佐藤浩市、小泉今日子と名優たちが見事な演技を見せているが、この映画の主役はなんといっても馬達である。体重1000kgを超え、サラブレッドとはまた別の美しさと力強さをもつ彼らは、役者のどんな演技よりもすばやく観客の心を捉える。

それにひきかえ、主演の伊勢谷友介の大根ぶりは恐ろしい。事業を潰し卑怯にも逃げ帰ってきた現代っ子という役にははまるかもしれないが、役者としての魅力が片鱗も見えない。

吹石一恵は、特に目立たなかったが、特に目立つことを求められる役でもなくちょうどいい感じ。安直に学との恋物語にならなくてほんとうによかった。

津川雅彦、山崎努という2人の大御所を端役で使っているが、微妙にかぶってしまっている。一人はもっと無名の役者でよかったのでは?

主役の失敗というハンデを抱えつつも途中までいい感じだった本作だが、最後にこけてしまう。本作の影の主役ともいえる競走馬のウンリュウが最後に勝利を収めるというセオリーどおりのシナリオで、盛り上げればそれでいいと思うのだが、そこにたいした決意もないのにとりあえず東京へ戻ろうと競馬場の門にむかってふらふら歩く学の姿が挟み込まれる。ラストカットは門を出た横姿のストップモーション。なんの盛り上がりも感動も、余韻も残さない大変に下手くそなエンディングとなった。

思うに本作は、原作のすばらしさと一部の俳優(馬を含む)によって平均以上のレベルになっているが、監督は映画を知らないど素人なのではないだろうか?

デリヘルの電話番をしている少女里子(池脇千鶴)、デリヘル嬢の秋代(中村優子)、女性イラストレータの塔子(岩瀬塔子)とそのルームメイトのOLちひろ(中越典子)。若い4人の女性の恋愛と生活を叙事的に描く佳作。

秋代のデリヘルシーンはどぎついし、塔子が半裸でベッドに仰向けになって思索にふけるシーン、里子がトイレに駆け込むシーン、極めつけはちひろが顔面に射精されるシーンなど、ふんだんに性的なシーンがある。しかし映画の表現上重要なシーンであるわけでもなく、これを黙って流すことができないと映画の世界に入れない。その意味で、女性のために作られた作品だと思う。男ながらにこんな作品を撮ってしまう矢崎仁司監督はかなりいやらしい男に違いない。

里子は昔の男に捨てられた後、『恋がしたいな』と独り言をいいつつデリヘル電話番のバイトを続けている。秋代は大金をためているが、棺桶をベッド代わりにし、好きな男には素直に告白できず友達として飲みに誘ってばかり。ちひろは念願の恋人ができるが相手からはうるさがられ、塔子は過食と吐き戻しを繰り返している。2人は極端で2人は平凡だが、男性としてみればそれぞれにいとしく思える部分もあり、また女性としてみればおそらくはそれぞれに共感できる部分もあるのだろう。

人物もしっかり描けているし、総合してみるとまずまずの映画なのだが、性描写を考慮に入れるとやはりキワモノのジャンルに入ってしまうなぁ。

ThinkPad X40のSSD化

ThinkPad X40を使っているが、1.8インチのHDDが遅くてかなわない。X40の導入時は、これからモバイルノートには積極的に1.8インチが採用され、速度や容量、そして価格がどんどん改善していくと期待していたのだがまったく目論見が外れた。

そこで、最近Windowsの調子が悪くて再インストールをするのに合わせて、流行りのコンパクトフラッシュによるSSD化を試してみた。

- PC:ThinkPad X40
- メモリ:1GB
- OS:Windows2000 SP4
- コンパクトフラッシュ:TS8GCF266
- CF-IDEアダプタ:KRHK-CF2.5IDE

上記の組み合わせで普通にハードディスクとして認識し、NTFSでフォーマットしてOSのクリーンインストールができた。ちゃんとUltra DMAで認識をしている。

使ってみると何しろOSの起動が早い。アプリの起動も死ぬほど早い。いろいろ高速化のチューニングを施していることもあり動作は快適そのもの。容量が従来の40GBから8GBに減ってしまったのでデータなどは外付けHDDなどに出してしまったのだが、それも高速化に寄与していたりする。

2万円未満の投資で大満足。しばらくこのまま使ってみよう。

★★★☆ ランボー


ベトナムの帰還兵であるランボーは、戦友をたずねて訪れた町でよそ者として排除され、反抗をした結果警官に拘束、暴行を受ける。暴行の最中、ベトナムで受けた拷問をフラッシュバックさせたランボーは、警官を倒して山に逃走する。ベトナムで死線をくぐりぬけてきたランボーは山岳戦はめっぽう強いが、やがて包囲される。そこに現れたのが、ベトナム時代の上官であるトラウトマン大佐だった。

子供の頃にテレビで視聴したときの印象は、暗い映画、アクションが地味な映画、最後にカタルシスのない映画、結局のところつまらない映画という感じだった。今ふたたび見ると、なるほどそのとおりだと思うが、評価は正反対になった。

子供時代にはわからなかったが、ベトナム帰還兵の受けた傷と疎外感がとてもよくあらわされている。またアメリカの田舎町の閉鎖性やアメリカ人の独善性が、アメリカ映画としては異例なほどちゃんと描かれている。伝えるべきメッセージをもって作られた作品である。

市街戦のシーンでは、社会派の映画としてはやや暴力描写が過剰である。この観客サービス(?)が災いして、過度に暴力的なシリーズができてしまったのだろう。できれば初作だけで完結してほしかった。

★★★☆ アンジェラ


パリの街で借金取りに追われ、絶望して身投げをしようと橋の上に立つアンドレ。ふと横を見ると長身の美女が立っており、『あなたと同じことをする』といって河に飛び込む。アンドレは我を忘れて後を追い、彼女を助ける。アンジェラと名乗ったその女性は、アンドレを次々と降りかかる災難から救うのだった。

全編しっとりとしたモノクロームの画面で、パリの街がとても美しい。リュック・ベッソンはまさに映像の魔術師。ふとしたカメラワークで観客をにやりとさせたりぞくっとさせたりする。圧巻は最後のほうでアンドレがアンジェラを探すシーン。ぐるぐるまわって酔いそうな映像だが、観客の目を釘付けにする。

ストーリーはシンプルでラストも幾分イージー。アンジェラがアンドレに自身を取り戻させるシーンははっきりとしたメッセージが来るが、あまり真に受けないほうがリュック・ベッソン監督との付き合い方としては健全かもしれない。

★★★☆ 花よりもなほ


親の仇を討つ為に江戸に出てきた青木宗左衛門(岡田准一)は広い江戸で仇も見つけられず、貧乏長屋で暮らしている。ついに国許からの仕送りも絶え、町民の子供相手に手習いの塾などを始める。やがて宗左は仇を見つけるが実は剣術の腕はさっぱりで...。

『桜がいさぎよくく散るのは、来年また咲くことを知ってるから』といい、強くしたたかに生きる庶民の姿はとても爽やか。建前で生きているような武士達も、ちょっと屋根の下に入ると結局は本音が顔を出す。時代劇の形を取っているが、これぞいつの世にも通じる人間劇である。

豪華なキャスト陣をそろえているが、それを看板で終わらせずに一人一人しっかりと描く手腕は見事。役者のなかでは岡田准一の抑えた演技が生きている。それにしても宮沢りえはとても美しい女優になった。

同じ長屋に赤穂浪士が潜んでいて、討ち入りの機を狙っている。こちらも実に人間くさくて、面白い。史実とは異なるのかもしれないが、サイドストーリーとしてこの人間賛歌を補強している。

★★★★ SHINOBI


江戸時代のはじめ、太平の世に伊賀流鍔隠れの里の後継者・朧と甲賀流・卍谷の後継者である弦之介は恋に落ちる。しかし平時に不要な忍の血を絶やすことを画策した服部半蔵より、双方の里より五名の代表者を出して戦えという命が下る。

朧役に仲間由紀恵、弦之介役にオダギリジョーを配し、出演陣は豪華。両主役とも現代的なイメージがあるのでしっぽりしたシーンは少し違和感があるが、演技はまずまず。アクションも上出来で、見ていて楽しい娯楽作品である。ただし朧も弦之介も強すぎて、それまで激闘を繰り広げていた他の忍たちがかすんでしまうのは残念。

最後に二人が対決をする場面、妖術をうまく出せない(封じられた?)朧が小刀を構えて弦之介に飛びかかる。その直前までは忍の運命を受け入れ己の心を殺していた朧だが、最後の瞬間、目を閉じて泣きそうによろめきながら弦之介の懐に飛び込む。弦之介は微動もせず、刃もろとも朧を抱き止める。良いシーンである。

この作品はタイトルがローマ字。作中の人物紹介もローマ字併記となっており、海外興行も想定していたものと思われるが、海外に出るには中国映画ほどの徹底した娯楽性(超現実性?)が足りない。忍が滅びなければいけない運命は理解されないだろうし、仲間由紀恵/オダギリジョーにシンパシーのない外国の観客が見たとき面白さは半減かもしれない。

国内でも評価は低く、興行収入は目標を下回った。『文春きいちご賞』の2005年のワースト1というが、特に破綻もないし退屈もしないし、それほど悪いわけでもないと思う。

★★★  ヴァイブレータ

31歳のルポライター玲(寺島しのぶ)は、頭の中に響く自分の声に悩まされている。『誰かに触れたい』と強く思っているが、傷つけられることを恐れてもいる。ある雪の夜、コンビニで出会った距離トラック運転手の岡部(大森南朋)の無言の誘いに乗り、関係を持つ。そのまま妻子あるという岡部のトラックに同乗してしまい、日本海までの往復を共に過ごす。

タイトルのヴァイブレータはトラックの振動という意味であり、岡部から伝わる鼓動という意味であり、玲の心のゆれという意味でもあるが、もっと直接的に想起されるとおり、本作では大胆な性的シーンが挿入されている。ちなみに私はセックスシーンを見てしまうと、これは手の込んだアダルトビデオの一種ではないかとつい思ってしまい、続きを見る気が失せてしまいがち。どうしても性描写を加えないと表現出来ないアートというものもあると思うが、それはかなり病的なテーマになると思う。

本作では、玲の抱えている病(孤独感?)は深刻である。ラストで玲は自分を『少しだけ良いものになった気がする』というが、たぶんそれは気がするだけであり、早期に医者の治療が必要に思う。同じ廣木隆一の作品『やわらかい生活』で演じた橘優子とほぼ同じキャラ・同じ病であり、優子が本格的な躁鬱病である事を考えると、まるで玲の悲惨な未来を見るようで辛い。

本作、および『やわらかい生活』の寺島しのぶは同年代の女性の支持を集めたというが、いまの30歳台OLたちはそんなにストレスにつぶされそうなのだろうか。とつまらない事を考えてしまった。

アトピーと石鹸

7月の下旬以降とくに酷い炎症はなくなり、リンパ液でジュクジュクするようなこともなくなった。相変わらず痒かったり皮膚がぽろぽろ取れたりすることもあるが、だいぶ落ち着いてきた。気持ち的にも楽になった。生活も徐々に普通に戻せている。

ひとつ続けているのが入浴法。湯船につかるとかえって悪くなることが多いのでシャワーで済ましているが、体を洗うのに石鹸を使わない。明らかにそのほうが調子がいいのだ。石鹸を使うと肌がかさかさに乾いて痒くなり、顔面などではブツブツがでてきたりするのだが、石鹸を使わないとそういうことがほとんどない。体質的にニキビができやすいのでちょこちょこと赤くなったりするが、トータルでみるとこちらのほうがぜんぜん調子がよい。以前どこかの個人サイトで皮脂は宝物といっていた女性がいたが、本当ににそのとおりである。

髪の毛はさすがに清潔に保ちたいのでシャンプーを使う。それをよくすすぎ、顔に残留しないように顔もよくすすぐ。こすらないように気をつけてはいるが明らかに皮膚が強くなっていて、多少こすったくらいではなんともない。ありがたいことである。

シャワー用浄水器も続けている。いちど調子が悪くなったときフィルターを見たらかなり茶色になっていて、フィルターを交換したらまた調子が良くなった(気がした)ことがあるので、これも効果があると感じている。

カカオ99%のチョコレートは、数週間続けたあと一度やめたが、それで特に良くなったり悪くなったりということはなかった。砂糖入りの普通のチョコレートはさすがに避けているので、チョコが食べたくなったときはこれを買っている。


スペインのアンダルシア地方。地元出身の自転車レーサーのレース展開と、その兄の結婚式を同時進行で描く。兄の花嫁は、もとは弟の恋人だった。

47分の短編作品で、あまりごちゃごちゃと盛り込まれていないのがいい。自転車レースということで疾走感を期待したが、どちらかというと暑さとの戦いという印象が残った。真っ青な空と照りつける太陽。乾燥した大地と白い家々。そういった空気感がもっと強調されているともっと良かったと思う。

ただ主人公に感情移入しやすいように、まるっきり日本人顔だったのはちょっとずるいか。

★★★☆ どろろ


戦国時代、父親が戦に勝つための取引として魔物に体の48箇所を奪われた百鬼丸が、小泥棒のどろろと共に旅をしながら、魔物を一匹一匹倒して体を取り戻していく物語。

手塚治虫の原作では百鬼丸もどろろも少年少女だが、映画では妻夫木聡と柴咲コウが演じるのでだいぶ趣が違う。柴咲コウのどろろは地声でがなり放題、眉間にシワを寄せ放題で、はまり役というか、役者が役を食っているというか、それはそれで面白い。それに比べて妻夫木聡の百鬼丸は普通すぎて面白みが少ない。

この作品は根底が悲劇であるにもかかわらず、百鬼丸やどろろが抱えている闇を描ききれていない。それらしき場面や台詞は配してあるが、どうもコミカルな演出にかき消されてしまっている。エンターテイメント作品といえどだれもが知っている原作を使うのだからもう少し厚みを出してほしい。

また見所になるはずの魔物との戦いの場面が、最初の蜘蛛女(?)との戦いはまあまあだがそれ以降がちゃちすぎる。それに百鬼丸にとって戦いとは己の体を取り戻すための苦行であり、リズミカルな音楽を背景にテンポよく展開するようなものではないはず。どろろも戦いのシーンでは一生懸命なのはわかるが遊んでいるように見えてしまう。魔物の造型もハリウッドを見慣れた目にはおもちゃっぽい。

この映画は続編が予定されているらしい。百鬼丸もどろろもそれなりに愛着をもてるキャラクターなので次回作に期待をしたい。

★★★  パプリカ


患者の夢をモニタに映し出したり、夢に潜入して治療を行ったりすることができるマシン『DCミニ』が何者かに盗まれた。セラピスト千葉敦子は夢探偵『パプリカ』として患者の夢に潜入して調査を開始するが...。

映像、音楽などの表現が充実していて、見ていて飽きない。アニメ表現の見本として作られた作品というかんじ。ただ面白いことは面白いが、アニメに興味のない一般の方にはあまりおすすめしない。おなじ筒井康隆作品なのに、『時をかける少女』とは方向性がまったく違う。(変わり者の筒井氏としてはこちらが本領か?)

本作の見所は夢をのっとられた被害者が見続ける悪夢の中で、ブリキのおもちゃや家電製品やそのほかガラクタたちが大量に、意味不明の言葉をしゃべりながら更新をする場面。何度も何度も出てきて、この作品の印象を決めている。

パプリカは美人探偵という説明がついているが、容姿も服装も、赤い髪もしゃべり方もまさに娼婦そのもの。これはかなり計算してそうなっているに違いない。夢の中で患者に心を開かせるにはそういうキャラクターがあっている、という作品世界内での説明もできる。アニメ好きな観客にも訴求する。また美人だがやや冷たい印象のある敦子本人とは正反対の仮想キャラとすることにより、敦子自身の変身願望とっ読んでもあながち外れてはいないだろう。

最後に夢と現実が混ざってしまうのは夢ネタとしては陳腐で古臭い。美人で天才の敦子が、同じく天才ではあるが不細工な同僚の時田に思いを寄せているというのもありがち。つまりストーリーが薄っぺらい。あくまでアニメ好きの人のための作品といえよう。