カテドラルの鐘で6時に目が覚める。まだ眠い。未練がましくベッドにしがみついていると、6時30分頃にまた鐘が鳴った。この町の人は朝寝坊ができないらしい。今日はグアナファトへ向かう。7時にチェックアウトしてタクシーを呼んでもらい、7時30分頃にはバスターミナルに付く。バスターミナルのことをautobus estationと言ったのだが通じなかった。central camioneraというらしい。朝はさすがに道もすいていた。タクシー代は行きよりも少し高いN$40。バスターミナルで朝食サンドイッチとcafe con leche(ミルクコーヒー)を頼んだら、なんとホットミルクとインスタントコーヒーの瓶、砂糖瓶を渡された。適当に入れたら甘くなりすぎた。N$33。売店でかぼちゃの種を飴で固めたお菓子を買った。N$10。バスのレベルは昨日よりは落ちるがフットレストがあって快適。
イラプアトへは10時40分に着く。グアナファト行きのチケットを買おうとバスターミナルの建物に入る前にチケット売りの人に呼び止められて、そのまま乗り換えた。バスは2等レベルでN$32。12時にグアナファトへ着き、翌日8時40分のグアダハラ行きバスチケットをN$261で買っておく。バスターミナル正面に止まっていた市バスN$4に乗って市内に向かう。意外と長い距離を走ってそれらしき町に入るが、どこで降りればいいか分からない。やがてバスは長いトンネルに入る。あとから分かったのだが、グアナファトの町は地下にトンネルを掘って幹線道路を通しており、地上の町に車があふれないようにしているのだ。観光のためなのか、昔の何かの名残りなのかは分からないが、観光都市としては素晴らしい試みだ。トンネル内のある停留所で乗客の大半が降りたので、僕も一緒に降りることにした。階段を登って地表に出ると、ちょうど町の入り口だった。
グアナファトは18世紀に世界の銀の1/3を算出していた銀山の町。その時代に美しい街並みが作られ、その後銀山が衰退したためにそのままの姿で町が残っている。ここはまた独立戦争の激戦地であり、町にはそれを記念した建物や像がある。最初に着いたのはイダルゴ市場の近くのメインストリート。観光客で原宿のようにごったがえしている。日差しがとても強くて、すぐに干上がってしまいそう。手近な店に入ってソンブレロの値段を聞いたらN$60。買っても良かったのだが荷物が増えるのが嫌で見送った。結局旅行中ソンブレロは買えなかった。イダルゴ市場は1階が食品や日用品、2階がお土産などの店になっている。体育館みたいな大きなドームになっていて、外からみると寺院のような建物だ。目指すホテルは、バシリカから道一本下ったところにあるカサ ショエンスタットというコロニアルタイプの安宿。正面からみると水色のペンキが鮮やかでとてもかわいいホテルだ。バス・トイレ共同の個室でN$150。部屋の案内をしてくれた少年は英語はできないが、いろいろ設備を丁寧に教えてくれた。今夜はとても日本人宿泊者が多いらしい。さすが『地球の歩き方』。マネージャのおばさんは少しだけ英語ができた。
ホテルに荷物を置いて、町に出る。13時過ぎ。観光客であふれているが、世界遺産の町は美しい。山あいにある町は独特の魅力がある。バシリカなど公共の建物は立派だが一般の家屋は決して豪華ではない。しかし丁寧に補修され、綺麗にペンキで塗ってあるため町は清潔感にあふれている。そしてそのペンキがピンク、オレンジ、黄色、緑、思い思いの色で塗られていて、全体としてとても美しい街並みを作り出している、四角い窓のまわりは白く縁取られていてかわいらしい。まずグアナファト大学を正面から見て、プエブロ博物館に入る。元鉱山主の家を利用して地元の画家の作品を収容しているのだが、DEAN GAZELEYという画家のデッサン調のヌード画が素晴らしかった。つぎにディエゴ・リベラ博物館へ行く。代表作『アラメダ公園の日曜の午後の夢』が複写があった。メキシコシティに本物があるらしい。アロンディガ・デ・グラナディータスは、かつて独立戦争の時に政府軍が立てこもった建物。モラドの書いた壁画が圧巻で、ここは入場料N$45で写真撮影は別途N$30なのだが、わざわざ後から写真撮影チケットを買い足してしまった。それ以外にも鉱山の道具や仮面、当時の日用品など興味深い展示があった。
大通りを通ってファレス劇場へ行くが、シエスタで閉まっている。そうえば昼飯を食べていなかったので、近くのトルコ7(シエテ)という店に入り、ランチを食べる。SOPA(スープ)がとてもおいしい。あれはマセワル?それからタコスと豚肉のクリーム煮、ビールで合わせてN$42と格安。店を出ると5時過ぎでファレス劇場が開いている。入場料N$35+カメラ持ち込み料N$30を払って入った。国際的な演劇祭のメイン会場になっているというこの劇場はさすがに豪華だったが、無理に写真を撮らなくても良かったかも。ステージの上では舞台道具の準備をしていた。外に出ると6時前。まだ日没までには2時間近くあるのだが、昼間の町と夜の町の両方を上から見下ろしてみたくて、ピピラの丘に登る。ケーブルカーが架かっていて、片道N$12。ピピラとは鉱夫の名前で、アロンディガ・デ・グラナディータスの壁を破り攻略の突破口を開いた功労者だという。この公園には大きなピピラの像がたっていて、町を見下ろしている。ピピラの像の足元のベンチに座り、心穏やかに町を眺める。色とりどりの家いえが本当に美しい。スペインなどで見た町はたいてい石や煉瓦の色か、あるいは漆喰の白で統一されていてとても美しい街並みを作っていたのだが、こういう色とりどりの風景は美しいだけでなくとても楽しい。山肌一面に家が立てられているので、家の屋根がそのまま尾根筋、谷筋を形作っている。大雨のときに谷筋の家は浸水しないのだろうかと不安になる。そういえばバシリカなどの中心街は一番の低地に作られているが、この町には川が流れていない。土地が乾燥しているからだろうか。
ピピラ公園ではゆっくりと絵葉書を書いたりして過ごした。なにしろこの場所はまちがいなくこの町で一番贅沢な場所。露天のおばちゃんや絵描きのおじちゃんが話などをしながら時間を潰している。日差しが強く喉もかわくが、僕も町を眺めながら、ときおり鳩の群れを撮ったりしながら時間を過ごす。観光客が入れ替わり立ち替わり訪れ、修学旅行なのか子供たちが集まってきて騒いでいる。やがて太陽が山の向こう側に沈み、町に灯がともりはじめる。夕暮れ時はこの町が一番美しい時刻。家いえや街路にともりはじめたあかりのオレンジが、だんだん濃くなる夕闇の青と混じり合う。鮮やかだった家の色が水底に沈むように青く染まってき、やがて壁の色も見えなくなって一つの点になる。完全に日没になるまで、約3時間もこの公園で過ごしてしまった。
9時前に、ケーブルカーで丘を降りて夕食をするところを探す。目当てだった店は人が全然入っておらずに躊躇する。しばらくうろうろするが、結局昼飯とおなじトルコ7に入った。こんどはエンチラーダス(タコスにソースをかけたもの)、部時たるブルスープ、そしてビールを頼んでN$70だったが、昼に食べたものほどは美味で放った気がする。N$70。帰りにOXXOでビールを買っていこうとしたが、保冷棚に鍵が架かっている。店員にビールを売ってほしいと言ったが、なぜかダメだと言う。変える途中、いくつかの楽団が音楽を演奏したり二人羽織の芸をしていた。ホテルの部屋は昼間の熱気が残っていて熱い。窓を全開にして、窓際の別途で寝た。