メキシコ旅行(5日目)オアハカへ

移動しつづけるのが僕の旅のスタイル。今日は贅沢に飛行機でオアハカへ飛ぶ。9時を予定していたフライトが直前に8時に変わったため、6時にはユースホステルをでなければいけない。昨晩はあまり熟睡できず、5時過ぎに起きた。ホールへ出て身支度をして、横向さんに挨拶のメモを残す。ちょっと気障なようだが、寝る前にお別れをいうのも変だし、黙って立ち去るのもなんだか残念な気がしたのだ。フロントの兄ちゃんがフロントの下で寝ていて、僕が行ったらガバッと起きてチェックアウトをしてくれた。町はまだ真っ暗。タクシーを拾うためにソカロまで歩く。こんな時間でもポリスはいる。道の脇で手を上げてタクシーを呼ぶが、何台かは通過してしまった。やり方が悪いのかと心配になった頃、一台止まってくれた。空港までいくらかと聞くと、N$200という。最終的にメータはN$250くらいだったので、確認をしておいてよかった。空港は市内から20kmくらい離れているが、タクシーはかなりのスピードで飛ばして、6時くらいには空港についてしまった。空港は必ず英語が通じるのでほっとする。

飛行機は定刻どおり出発して、乗り継ぎ地のメキシコシティに着く。乗り継ぎも問題なく、無事オアハカ空港へ到着。乗り合いタクシーのチケットを買おうとするがなぜか断られ、通常のタクシーN$170のチケットを買わされた。セダン型の普通のタクシーがこないので、乗合用の大きなタクシー貸切りでソカロへ向かう。距離にして7〜8km、20分の距離なのに空港タクシーは高すぎる。飛行機自体が金持ちの乗り物だからだろう。ソカロの前は渋滞で、1ブロックくらい前で下ろされた。町の中心部は観光客でごったがえしている。そして日差しがとても強い。まずホテルに向かう。目当てはポサダ・マルガリータというサントドミンゴ教会の近くの安宿。バストイレ共同で、2泊でN$396。本当はもう1ランク上のホテルに泊まるつもりだったのだが、横向さんに影響されたか。ベッドを置いたらそれでいっぱいの狭い部屋だが、清潔で雰囲気は良い。天井は煉瓦組みのアーチ型で、なんだか収まりがいい。

まず最初にサントドミンゴ教会へ入る。外見は剛健だが、内部は彫刻を金ぴかに縁取りしたバロック様式。入り口付近の天井に、聖者の彫刻を樹の形に配した『生命の木』があり、なかなかおもしろい趣向だ。何枚か写真を撮っていたら、ちょうどタイミングよく結婚式が始まった。さっきは消えていた内部の灯りがついて彫刻がきれいに見える。得をした。邪魔にならないように気をつけながら、しばらく結婚式を見学させてもらった。こんな立派な教会で結婚式を挙げられるというのは素敵なことだな。次ぎにオアハカ分化博物館へ入る。古代の土偶から始まり、様々な民具、装飾品、そしてスペイン人が到来した後の道具類まで。思ったよりも大規模な展示で、時間を忘れてしまった。残念なのはスペイン語の説明が分からないこと。これが分かれば数倍有意義なんだけどなぁ。窓の外にはサボテンを使った庭があり、いかにもメキシコに来たなあという気分になる。外へ出ると暑さは一層厳しい。ミネラルウォーターを大量に飲みながら、ベニートフアレスの家へ行く。唯一の先住民族出身の大統領で、画期的な政策をした彼が、青年時代に10年ほど過ごした家という。彼の名前と、彼が行った改革Reformaの名前はどこの町に行っても通りの名として見られる。家自体は質素なものだったが、ここで初めて彼の肖像画を見た。

暑い暑いと思いながらソカロへ戻り、右に曲がってラソレダー教会へ。聖母マリアが現れた奇跡の地に建つ教会ということで、内部に聖母像が建っている。建物は立派だが、クリスチャンでない僕には特にインスピレーションは感じられなかった。再度ソカロへ戻り、遅い昼飯を食べる。Tamaresというトウモロコシの葉に肉とモーレソースを包んで蒸した料理とビールでNS58。まだモーレの美味しさに目覚めることができないが、満足の行く内容だった。次ぎに南へ向かい、明日行く予定のモンテ・アルバン行きのチケットを買う。だいぶ手前で元気なオカアチャンに呼び止められて半信半疑でついて行ったが、チケット売り場についたらなんとそのままそのオカアチャンがチケットを売ってくれた。翌朝8時30分の最初のバスでN$38。そろそろバテてきたので、まだ日は高いがホテルへ戻りシャワーを浴びる。時刻は6時くらい。夕食に出る前に仮眠をしようとベッドに入る。なぜか時折大きな爆発音が聞こえる。気がつくと外は暗くなっていて、外に出ようか、面倒くさいなあなどと思っていたら、隣の部屋にアメリカ人カップルと思われる人が入ってきた。僕は部屋の電気をつけていなかったので誰もいないと思ったらしく、盛り上がっていた彼らはそのまま大声ではしゃぎながらF*CKをはじめやがった。そうなると出るに出られず、諦めてそのまま寝ることにした。ちなみにそのアメリカ人は後で僕がいることに気づき、今度は大声でなんてこったと嘆き出した。うるさいので窓を閉めて耳栓をして寝た。