すっかり行動パターンになったが、まだ暗いうちにホテルを出て、駅まで歩いて1杯1ユーロのコーヒーを飲む。空席だらけの列車に乗り、車窓から夜明けを眺める。目的地に着くとまず駅で翌日の列車の時刻を調べて計画をたてる。まだ町は目覚めておらず、人影のない通りを静かに散歩する。今日の町はゴッホゆかりの地、アルルだ。
町の北にあるカヴァルリ門を通って町に入る。まだ誰も歩いていない。すぐに円形競技場が見えてくる。フランス一の大きさだというが、大きさよりも保存のよさがすばらしい。周囲の1/3ほど修復工事中で、明らかに再建したばかりのような新しい部分もある。紀元1世紀に作られた建造物が、こうやって半永久的に受け継がれていく。夏にはいまでも闘牛に使われているという。
まだ見学時間ではないので市庁舎の前まで歩くと、少し人が増えた。何かイベントの設営をしている様子。人が集まってくるなら早くホテルを決めないといけない。町の南側の通りに出ると、朝市が立っていて大変な賑わいを見せている。人はこっちに集まっていたようだ。日用品や装飾品の店もあるが、見て楽しいのはやはり食べ物の店。大きな鍋でパエリアを作っている人がいたので、朝ごはんにひとつ頼んだ。どんぶり山盛りのボリュームで5.5ユーロ。鶏とムール貝と海老と小蛸が入っていておいしかった。
近くにインフォメーションがあり、入り口にホテルの空室状況のパネルが置いてあった。LEDの色で赤(満室)、緑(空室)、消灯が示してある。これを見ると、ほとんどが赤か消灯で緑がいくつかしかない。あわててインフォメーションで予約を頼むことにした。ホテルのリストをもらい、パネルを眺めながら2つほど候補を選ぶと、係の人がホテルに電話をして予約をとってくれた。すぐ近くのホテルだ。手数料は1ユーロで、それ以外に前金を23ユーロ払った。ホテル代は44ユーロ。それからパス・モニュマンというアルルのみどころ共通チケット14ユーロを買った。
とりあえずホテルが取れたので荷物を置きに行く。部屋は広々としていて明るい。隣の部屋が何か工事中のようだったが問題はなさそうだ。見学ポイントが開く時間になったので、まずこの町で最初に見た円形競技場に行くことにする。
円形競技場は内部に鉄骨の観客席がぐるりと作られていて、ちょっと見た目が残念。外周のアーチは確かに良く残っている。塔の上に登ってアルルの町並みを見渡す。小さくて美しい町だ。次に古代劇場。オランジュで完全な形を見た後なので、柱が2本復元されて立っている他はほとんど廃墟状態なのがさびしいが、青空がきれいなのがよい。暖かい日差しの下でゆっくりしているうちに11時30分を回り、観光スポットは一斉に昼休みに入ってしまった。
市庁舎の前に戻り、唯一あいているサン・トロフィーム教会の回廊に入る。細くて繊細な柱と、中庭の緑の美しさがが印象的だ。この教会は中世にサンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼者が多く訪れたところだという。
さて、14時まで見るものがない。いったんホテルへ戻って一休みしよう。朝が早いので昼過ぎは眠いのだ。ベッドに大の字で横になったら、気持ちよくてすぐにうたた寝をしてしまった。
窓の外からのガチャガチャという音で目覚めると14時過ぎ。朝市の店を撤収する音だった。ちょっと寝すぎたかと思いながら町へ出る。朝市が並んでいた道は大掃除の最中で、清掃車やごみ処理のトラックが何台も出ている。蛍光色のジャンパーを着た清掃員の人たちが大勢で手際よく掃除をしていて妙に感心をしてしまう。
ちょっと町の外へ足を伸ばしてみよう。ガイドブックの地図外になってしまうが、アリスカンというところがある。ここはローマ時代の墓地で、小道沿いの両側に棺桶がずらりと並んだある種異様な風景が見られる。街路樹が高くそびえており、常緑の針葉樹は黒々と、広葉樹は黄色く色づいている。雲は逆光で白部と暗部のコントラストが強く、合間から見える空は青味が深い。ゴッホでなくても絵を描いてみたくなるようなところだ。小道の突き当たりに小さな礼拝堂があったが、中はがらんどうだった。
町に戻って、まだ見ていないところをぐるりとまわる。エスパス・ヴァン・ゴッホはゴッホが入院をしたことのある精神病院跡の建物で、中庭が当時のまま再現されている。みやげ物やでゴッホの油絵の絵葉書がいっぱいに並んでいて面白い。アルラタン博物館は、プロヴァンスの民俗衣装や生活の様子が展示されている。女性職員が民俗衣装を着ている。かなりのおばあちゃんだが、すてきな衣装だった。川沿いのコンスタンタン共同浴場は、ローマ時代の小さな浴場跡。レアチェー美術館は写真のアートと民俗衣装の展示。思いのほか広くて人も多かった。足早に歩いたのでちょっと疲れた。町の中心部に、『夜のカフェ』で有名なカフェが残っているが、客が誰もいなくて雰囲気はいまいちだった。
あと1時間足らずで夕暮れになるが、もう一箇所行きたいところがある。ゴッホが有名な『アルルの橋』に描いた橋が、復元されているのだ。この絵は前から知っていたので、ぜひ見てみたい。町からは歩いて2kmくらい。ガイドブックではバスかタクシーで行くといいと書いてあったが、バス乗り場もタクシー乗り場もよくわからないので歩いていった。うまくたどり着けなかったとしても帰り道だけはわかるように、時々振り返りながら歩く。道沿いに、ときどきPond van Gochという看板があるのが唯一の頼り。途中で男の子3人があっちだよと教えてくれた。おもちゃのライフルを持っていて写真を撮ってくれとせがむ。とても人懐っこい。基本的に町からまっすぐで、30分くらい歩いたあと最後にロータリーを左に曲がって200mくらいのところにその橋はある。
ゴッホ橋はいつの復元か知らないが、古びていて本物だといわれても信じてしまうかもしれない。僕のほかには誰もいなくて、かなり得をした気分。シンプルな橋なので、タクシー等で来た人はこんなものかと思うかもしれないが、わざわざ歩いてくるとそれなりの感慨はある。夕日に照らされて影が長い。橋は跳ね上げた形のまま固定されていて、わたることは出来ない。近くで地元のおじさんが魚を釣っている。もう日が暮れるので、名残惜しいが早めに帰路に着いた。その直後、観光バスが2台連ねてやってきた。鉢合わせなくてよかった。
町に戻るともう灯ともし頃。それなりに疲れたのでスーパーで買い物をしてホテルに戻る。一休みしてから夜の町に出ようと思ったが、案の定そのまま寝てしまった。外がやけににぎやかで、祭りでもやっている様子。23時頃ホテルのすぐ外で喧嘩のような罵り合いが聞こえてきたので、耳栓をして寝た。
