今日は移動が少し長い。もともとの予定では大城塞の町カルカッソンヌに泊まってライトアップされる(と思う)城壁を見ようと思っていたのだが、どうしてもその翌日にトゥールーズを通過してしまうのがもったいないない。ちょっと欲張って、今日のうちに両方の町を見てしまうことにしよう。暖かいと行動がアクティブになる。
夜明け前のアルルの町を抜け、駅に向かう。駅では地元の少年2人にタバコをくれといわれ、ないと答えたらコーヒーをせびられた。列車に乗る様子でもなく、彼らはいつもこうしているのだろうか。アルルからカルカッソンヌまでは2時間30分の旅だが、たまっていた日記をつけていたら寝られなかった。今日もよい天気で暖かい。パリからアビヴィニョンあたりまで寒くて参っていたのでありがたい。
カルカッソンヌの駅前にはミディ運河が流れている。小さな船が通れるだけの小川みたいな運河だが、全長240km、17世紀に作られた世界遺産だ。カルカッソンヌの駅前は何の変哲もない地方都市の町並みで、そこから城塞のあるシテまでは歩いて2kmほど。まだ朝日のまぶしい町を抜ける。城塞に面したオード川にかかる旧橋をわたりながら、朝のジョギングをしている人とすれ違う。遠目にもその大きさのわかる城塞が、逆光で黒くそびえている。
入場料を払おうとしたら、ガイドを使わない限り無料とのこと。人の流れに従ってまずは城壁の上へのぼる。城壁に囲まれた中の空間は普通の人が住んでいるようで、観光客は中に入っていかない。後で知ったがこの城塞は19世紀までは荒れ果てていて外壁と内壁の間にも、城塞の中にも人々が勝手に住み着いていたらしい。それを19世紀に修復し、占拠していた人たちを立ち退かせて今のような姿になったという。もしかしたら城塞の中に住んでいるのはその頃からいた人たちかもしれない。観光客から見下ろされて窮屈な生活かもしれないが、綺麗に整備された庭に植木や遊具などがあってなかなか優雅な雰囲気だった。
城壁にはいくつも塔があり、それぞれ名前がついている。それぞれちょっとずつデザインも違う。城壁を半周くらい歩くとコンタル城に入る。石壁で四角く囲まれたその空間はおもったよりも質素に思える。中世の人々の格好をした人たちがいて、観光客に写真を取らせている。
朝食をろくに食べていないのでおなかがすいた。今は11時過ぎ。あちこちでパスタをゆでるようないいにおいがするのだが、どこの店も12時までは開かない。トゥールーズへ向かう列車が13時12分なので、12時から食べ始めるとすこし余裕がない。すこし早めに駅のほうまで戻って、昼食をとることにした。
来たときの表玄関を通らず、城壁の脇の道を町へ向かって下る。間近にみると大きさが際立って感じられる。こういうところに住んでいる人は日々どんな思いで見上げているのだろう。帰りはオード川の新橋を通り、旧橋ごしに城塞の写真を撮る。空が雲で光ってしまって露出が難しい。若いカップルに頼まれたので写真を撮ってあげた。デジタル一眼をぶら下げていると頼まれやすい気がする。
昼食はパスタが食べたいと決めて店を探したが、すぐには見つからない。駅前に一軒手ごろな店を見つけてカルボナーラを頼んだ。四角い皿にきれいに盛られたカルボナーラはまあまあおいしかったが、もう少し熱々がよかった。それから量もちょっと控えめ。ミネラルウォーターと食後のコーヒーを入れて14.5ユーロ。ヨーロッパのレストランでは水代が馬鹿にならない。
いい時間になったので駅へ向かう。カルカッソンヌは数時間の滞在だったがちょうどよかったかも。トゥールーズまでのTGVは混んでいた。フランスの長距離列車は朝晩の閑散期と昼の繁忙期では切符代が全く違い、すいてる時刻は25%とかの割引になる。昼間は高いし混んでるしそんな気分だ。
40分足らずでトゥールーズに着く。駅前にはさっきとおなじミディ運河が流れている。この町はカルカッソンヌよりもはるかに大きく、駅前もにぎやかに車が通っている。駅前のホテルに部屋をとる。ホテルに入ると最初にフランス語で部屋はあるかと聞いてみるが、そのあとフランス語でいろいろ言われてもわからないので申し訳なさそうに英語で話してくれないかと頼んでみる。そうするとはじめから英語で話しかけるよりも先方の気分もいいみたいだし、僕も少し楽しい。
ホテルに荷物をおいて、まずキャピトル(市庁舎)へ向かう。赤いレンガと白い漆喰の見事な建物だ。キャピトル広場では、他の町と同じように店が出ていて、スケートリンクもある。結構たくさんの人が滑っているがヘタッピな人が見当たらないのは、みんな子供の頃からしょっちゅう滑っているのかもしれない。
ある店にたくさん人が並んでなにか食べ物を買っている。看板にはALIGOTと書いてある。僕も並んで買ってみた。なんと説明していいかわからないが、滑らかで粘り気のある温かいチーズ入りマッシュポテトというかんじ。これを豆腐パックぐらいの大きさの器にたっぷり入れてくれて4ユーロ。普通においしいがちょっと多かった。
お店の賑わいを楽しんだ後、キャピトルの中へ入る。絵画や彫刻が見事で、すごい市庁舎だと思った。ヨーロッパの公共施設は権力と富の象徴であって、日本の感覚とはぜんぜん違う。2階のホールは天井がフレスコ画で埋め尽くされていて圧巻だ。しかしヨーロッパの人は空間恐怖症かもしれない。絢爛豪華さを競うのはいいとしても、何も絵で360度うめつくさなくてもいいのに。
次に向かったのはサン・セルナンバジリカ聖堂。外見も内部も四角い柱を基調としていて実に武骨な建物だ。こちらも建物は赤レンガの色だが、南側の建物から離れたところにミエジェヴィル門という白い門があって、彫刻が美しい。聖堂の上に高い八角形(たぶん)の塔があるのだが、素人目には調和していないように見える。この聖堂もカミノ・デ・サンチャゴ(サンチャゴへの道)の巡礼地として建てられたらしい。
次はジャコバン修道院に行こうと思ったら道を間違えてガロンヌ川に出てしまった。どこの町でも同様なのだが、冬の柔らかな西日をうけて光る川沿いの並木は本当に美しい。芝だけはしっかりと青くて、気分をみずみずしくしてくれる。こういう心休まる風景を僕たちは身近に持てているだろうか。
ずいぶん大回りをしてジャコバン修道院に着いた。外から見ると大きなレンガ製の体育館のようで、聖堂のような装飾性があまりない。聖堂は十字架の形に作られるが、修道院はそうでもないようだ。中に入ってもがらんどうで、長辺方向に高い柱が一列に並んでいるだけ。柱の上部からアーチ上に天井の梁が八方に伸びていて、椰子の木と呼ばれているらしい。脇にある回廊はアルルのサントロフィーム教会と同じ2本柱だった。
最後に訪れたのはオーギュスタン博物館。今日は第一日曜日ということで入場は無料だ。ゴシックの彫刻が大量にあり、時代ごとに分類されている。ちょっと疲れてきたので足早に回ったが、一回りするにも結構かかった。出てくると既に日は暮れている。
今日はちゃんとした夕食をとろう。ガイドブックに載っている川沿いのレストランを見に行ったが、ちょっと敷居が高そう。ちなみに川沿いにサンティアゴまで1181kmという看板が立っていた。夜景が美しいが、どうも変な色のライトアップが多い。紫色の塔とか同じく紫色の橋とか。リヨンでも思ったが、こういう色遣いがフランス的なのだろうか。
結局夕食はキャピトル広場の前のレストランに入ることにした。給仕さんは観光客相手のプロという感じで、愛想いいが抜け目ない。カタコトの日本語で話しかけてきて、手際よく窓際の席に案内してくれた。シーフードがお勧めだというが、僕はこの地方名物というカスレが食べてみたい。カスレはそれほどお勧めでなさそうだったが、それでいいからと頼むことにした。20分くらいかかるというので、薦められるままに生カキを頼む。カキだけで3種類くらいあった。もちろんワインは白だ。
正直いってひとりで食べるディナーは物寂しい。周りが陽気なフランス人ばかりであればなおさらだ。外の喧騒を眺め、日記を書き、カキを殻からはがして口に放りこみ、ワインを味わう。そうこうしているうちにだんだん幸せな気分になってくる。孤独感も一人旅の醍醐味ではあるのだ。
やがてカスレが届いた。けっこう高価な料理なのだが、その実体は実に素朴。インゲン豆とベーコンのグラタンという感じで、家庭料理としては普通においしいのだがレストランで食べるご馳走ではない。お店の人のいうことは聞くものだということだが、まあ名物が食べられたのでよしとしよう。カキがおいしかったので少し多めにチップを置いてきた。それから給仕さんに1から10までの数を日本語でどういうのかを教えておいた。
ほろ酔い気分でレストランを出る。グラスワイン1杯で酔えるなんてどうしたんだろう。日本でもこの調子ならとても経済的だし健康にもいいのに。町はきれいにライトアップされているので、最後にもう一度サン・セルナンバジリカ聖堂によって、ホテルに戻った。