先日スパモン教に入信したと書いたら、知人に何やら怪しげなものにはまっているのではないかと心配されてしまった。そういうリスクもあるなと思いつつも先日の記事ではあえてネタバレをしていなかったのだが、人様にいらぬ心配をかけるのは罪作りなので、一応解説をしておこう。
まずスパモン教は宗教を名乗っているが宗教ではない。預言者(スパモン本の著者)はじめ、誰もスパモンなど信じているわけではない。アメリカ発でインターネットを背景に急速に広がったパロディ宗教(つまりジョーク)なのだ。そしてスパモン本を読んだりWebサイトをみたりして面白いと思った人が自らを信者と名乗るのが習わしとなっている。僕の知る限り、教団も組織も何もない。(面白がって作ってしまった人はいるかもしれない)
スパモン教の教義はめちゃくちゃだ。だれもが『決して』それを信じることがないように作られている。人類の祖先は海賊であり、海賊の減少が地球温暖化を招いている。人類の身長が先史時代に比べて伸びているのは、世界総人口が少なかったころにはポケモンのヌードル触手がすべての人の頭を押さえていたため背が伸びなかったのに対して、現在は人口が多すぎて頭を押さえる触手が足りないためである。生物は進化してきたのではなくスパモンによって創造されたのだが、スパモンはあまり思慮深くないのでカモノハシのような理解不能なものも作ってしまった。
こういった数々の教義がただのジョークであれば、たいして面白いものではない。パロディがパロディたるゆえんは、誰でも知っている元ネタがあり、人々がそれに対して抱いている疑問や不満を痛快に笑い飛ばすことにある。スパモン教が標的にしているのは、当然のことながらアメリカで圧倒的な影響力をもつあの宗教である。具体的には、あの宗教の信者が、神がすべての生物をデザインしたというインテリジェントデザイン説を公立学校で教えるように圧力をかけたことに対する、批判運動として始まっている。
科学者の間では、生物は自然選択・淘汰によって進化してきたことは(細かい仕組みなどは研究途上にあるとはいえ)定説である。当然公立の(宗教教育を目的としない)学校であれば、生物学の授業で進化論を教えるのは当然のことだ。ところがある宗教の信者(の一部)は、自らの信じる創造説を学校で教えさせたい。しかし科学の授業で宗教論議をするよう主張することはさすがに難しいと判断したため、インテリジェントデザイン(ID)説という似非科学理論をぶち上げた。
ID説では、生物はある知的な存在が設計したと主張するが、その存在が誰(どの宗教の何という神)であるかは伏せている。ID説主張者の頭の中では100%あの神がいて、ID説を展開すること自体が宗教活動そのものなのであるが、表面上は宗教色をひた隠しにしている。そうして公立学校で公費を使って布教させることをもくろんでいるのである。
スパモン教ではそれを逆手にとって、ID説でいう知的な存在とは、実はスパモンであると主張する。そして科学の授業で進化論に加えてID説を教えるのであれば、スパモン教の説もあわせて教えるべきであると主張するのである。学校でスパモンを教えるのは明らかにナンセンスだが、それをいうならID説を教えよと主張するのも同様にナンセンスであろうというのがこの主張の(オブラートに包まれた)要点である。
その後スパモン教はインターネット上で話題となり、賛否両論が飛び交った。無神論者としての真面目な立場からその活動の意義を評価する声もあり、パロディとしての面白さから飛びつく人もあり、もちろん宗教側の立場からの非難、罵倒、および脅迫の嵐も吹き荒れた。おかげでスパモン本は人々が宗教から自由で穏やかな暮らしを送っている我が日本でも翻訳出版されることとなり、さらに数年を経て進化論(ほかいろいろな自然科学一般)に興味をもつ一般人である僕が読むところとなったわけである。
というわけで、スパモン教に入信しても家庭が崩壊したり仕事を失ったりする恐れは(幸いにして日本では)ない。お布施を求められたり日曜学校に通うよう勧められたり恐ろしい地獄のイメージにおびえさせられることもない。悪魔の影響を受けるから自分では決して物を考えないようにと言われることもない。スパモンは人々の良心、道徳、人生観に干渉しないので、スパモンのせいで人生を誤ることはない。これは僕の知る限りでは、最良の宗教なのだ。
もちろん神を持たない事の次に良い、という意味ではあるが。