旅行の最近のブログ記事

いよいよメキシコ滞在の最終日。初めてまともにメキシコシティを観光する。といってもここ数日はへたれぎみで、ホテルを出たのは9時すぎ。カウンターの女の子も寝ぼすけな客だとおもっただろう。まずはメトロでソカロへ行く。カテドラルは外側はすすけていていまいち。中も入ってすぐのところに祭壇が立てられていて、奥の祭壇は一般の人は見られない。気を取り直して国立宮殿へいこうとしたら、すごい警備で一般の人は建物に近づけない。調子が出ないまま、テンプロ・マヨールに行くと、学生のすごい列。やれやれと思って並んでいたら、観光客の人は先に通してくれた。N$48。ここは古代に幾重にも築かれた神殿の跡で、カテドラルの改修工事中に見つかったという。町のど真ん中でこんな発掘ができるというのもすごい話だが、スペイン人が破壊しつくしてしまったアステカ帝国の都市の残骸が、メキシコシティの地下にはたくさん埋まっているということだろう。復元された壁や祭壇が屋外展示をされていて、何層にもなっているのはよく分かったが、全体像はいまいち把握できなかった。付属の博物館に入ると、うって変わって展示物の多彩さに目を奪われる。ドクロのようなマスクを並べた祭壇は圧巻だった。

次に国立美術館へ入る。カメラ禁止といわれたが、絵画をみるにはその方がいい。2階の近現代絵画は魅力にあふれている。すべての色に黒を混ぜたような独特の色使いと、人物の力強さがいい。極彩色を使っても嫌らしくない。ヨーロッパ風の絵を見慣れた目には新鮮だ。ただ3階の宗教画は退屈そのもので、足早に通り過ぎた。1階では版画の特別展示をしていてた。その後シウダデラ市場とサンファン市場に行き、お土産を物色。ひまわり柄の皿が欲しかったのだが、バックパックでは運べないなぁ。表札用に数字のタイルを買った。他に木の器も欲しかったのだが、適当なのがなかった。時刻は3時30分頃。やることがなくなってしまったので、もう一度国立人類博物館へ行って解説書を書くことにした。メトロはN$2で安いのだが、車内は暑いしうるさいし、あまりいい感じではない。解説書は博物館展示品のものと古代メキシコのものとどちらにしようか散々迷った挙句、両方買った。手持ちの現金が足りなくなっていたのでカードを使った。ここなら不正利用されることもあるまい。本当にもうやることがなくなったので、博物館前の公園のベンチで日記を書く。30分もすると雨の降りそうな雰囲気になってきたので、メトロでソカロへ行くことにする。メトロを出るとやはり雨が降っていた。

最後のディナーに目星をつけていた店は、先ほどの国立美術館の目の前の2階。ところが間違えて1階のタコス屋に入ってしまった。何かおかしいと思った時には適当にオーダーをしてしまった後。あーあと思ったが、出てきたタコスは結構美味しかった。そのかわり値段もよくて、スープとビール2本と合わせてN$122。これだけ払えばまともな料理が食べられるなぁ。今回の旅行では料理を楽しみにしていた。スープは思った以上に美味しかったが、肝心の肉料理が頼み方が悪いのかこれというのにあまり出会わなかったな。シーフードも食べたかったが、内陸の都市ばかり回っていたせいかそういう店に出会わなかった。食材をみると特殊な物は少ないので、日本に帰ったら本を一冊買って作ってみよう。メインの食材は牛、豚、鶏、調味料はサルサ各種、薬味は玉ねぎ、オレガノ、パクチそしてライムで、ベースの味はコンソメかトマト、という感じなのでトルティージャ(タコスの皮)以外は日本で揃うので、似たようなものはできそうな気がする。

最後のディナーを終えて外に出ると、まだ小雨が降っている。ラテンアメリカタワーから夜の町を見下ろそうかと思っていたのだが、この雨では仕方がない。もういちどウォルマートへ行って時間を潰す。9時頃にホテルに戻り、明日4時ころチェックアウト出来るかと聞く。係がいるから問題ないというので、タクシーを呼んでもらうように頼んだ。このホテルは東京でネット予約したところで、一泊\4800と相場から見るとだいぶ高い。部屋も設備もきれいで、昼間のフロントスタッフは英語が通じて良い感じなのだが、夜に番をしている男の子は英語も喋れずちょっと信用していいのか不安だ。夜間ロビーがうるさいのもちょっと困る。ほとんど毎晩、耳栓をしながら寝た。

今日はテオティワカンへ行く。メキシコの代表的な古代遺跡で、太陽のピラミッドは世界で3番目の高さだという。朝寝をして8時30分ころホテルを出て、メトロで北方面バスターミナルへ行く。テオティワカン行きのバスチケットN$31は左手一番奥の窓口で売っていたが、分かりにくかった。9時45分のバスに載る。11時前にバスが道端に停まり、運転手が『las piramides』といって教えてくれた。意外なことに降りたのは僕ひとりだった。N$48でチケットを買って南側の入り口から入場する。いきなり目の前に死者の道とその先の太陽のピラミッド、そしてはるか先(実際には2km)の月のピラミッドが見える。予想以上のスケール感に感動してしまった。太陽のピラミッドに登っている人が米粒のように見える。はやる心を抑えながら、まずは手前のケツァルコアトルの神殿に登る。壁面にオリジナルの彫刻が残っている。ここから改めて遺跡の全貌が見渡せる。ここの建造物もすべて石とセメントの再建物だが、これほど大きな遺跡を作った人たちに思いをめぐらせてしまう。いよいよ死者の道を歩き出す。

今日も日差しが強い。1リットル買ってきたミネラルウォーターをひっきりなしに口に運ぶ。高い木もなく、休憩できるような日陰はほとんどない。太陽のピラミッドは階段も急で、下から見上げるとうんざりするような道だ。頑張って一息で登ろうとするが、体が重い。こんなはずじゃないとおもって考えてみると、ここは標高2000m。空気も薄いのだ。ピラミッドの頂上は日陰もなにもないところだが、風が吹いていて気持ちいい。ここから見る月のピラミッドはとても絵になる。一眼レフを持っている旅行者がいたので記念撮影をお願いしたら、バッチリの構図で撮ってくれた。急な階段を下りて月のピラミッドへ向かう。修学旅行の子供がたくさんいる。死者の道の両側には、小規模な建物がずっと並んでいる。月のピラミッドは途中までしか登れないので、それほどきつくはなかった。そして振り返る。死者の道が足元からずっと続いている。絵になりすぎて、どこを写真で切り取ればいいか分からない。日本人の新婚さんがいたので写真を撮ってあげた。ヨーロッパにいくと中国人が多くてよく間違えられるが、メキシコではほとんど中国人や韓国人は見かけなかった。なので日本人を見かけるとすぐに分かる。帰り道、もういちど太陽のピラミッドに登ってみる。一度目よりも息が切れる。建造された当時、この場所に登れる人はごく限られていただろうが、どれほど誇らしい思いでこの光景を眺めたことだろう。太陽のピラミッドの斜面は、50cm間隔ぐらいで細長い石が立てて埋め込まれている。そのせいか遠くから見ると不思議な質感が感じられる。いつまでもここから月のピラミッドを眺めていたいが、意を決して下りる。太陽のピラミッドの脇に博物館があり、発掘物を展示していた。

帰りのバスは中央出口を出たところですぐに乗れた。物売りのおばちゃんがよってきたので、バスは?と聞いたら指さして教えてくれた。シティに戻ったのが3時30分ころ。この先のスケジュールを考える。明日は最終日。明日ゆっくり国立人類学博物館をみるのがいいと思うが、万が一開館していなかったら悔やみきれない。とりあえず今日行ってみることにした。メトロを乗り継ぎ、すこし迷って博物館についたのは1時間後。7時の閉館まであと2時間強しかない。ゆっくり見る時間がないので、ひたすら早足であるいて気に入ったものの写真を撮りつづける感じ。200枚くらいは撮ったろうか。かなりもったいない見方になってしまったが、そのぶん濃かったともいえる。特筆すべきはやはりアステカカレンダー。2mくらいの円形の彫刻で、中央に現在の宇宙を表す太陽の顔、そのまわりに過去の4つの宇宙、18の月、20の日とプラス5の日があり、合計で365日になる。図柄としても美しい。これまで旅をしてきたオアハカのモンテ・アルバンや、今日いってきたテオティワカンからの出土品もそれぞれコーナーを設けて展示されている。今回泣く泣く割愛したパレンケや、建造物としては遺跡がほとんど残っていないメキシコシティからの出土品もあった。1階のメイン展示でほとんどの時間を使ってしまい。2階の少数民族の暮らしに関する展示は早足で通りすぎるだけになってしまった。さすがに2時間は短すぎたが、3時間もあれば充分だったと思う。時間ギリギリまで粘って追い出されるようにして退館したので、必ず買うつもりだった解説書を買い忘れた。

メトロに乗って、帰るとちゅうでウォルマートに寄ってみることにする。菓子や調味料のお土産を買うためだ。巨大なスーパーマーケットで、食料品から日用品まで何でも売っている。買い物カートが大きくて、大抵の客はこれに山盛り買い物をしていく。外国のスーパーで食材などを見ていると楽しくなってくる。サルサとモーレソースをお土産にもてるだけ買い込んだ。改めて夕食に出るのも面倒なので、お惣菜コーナーのスパイシーチキンとポークのトマト煮とビールを買った。いつの間にか外は雨が降っていて、屋根の雨音が響いている。しばらく時間を潰して、小止みになったころ歩いてホテルへ戻った。このディナーは結構美味かった。昨日に引き続き濃い一日だった。

今日は移動の日。まっすぐ帰ってもつまらないのでクエルナバカに寄っていく。バスの出発時刻は6時、7時、9時で、早めのバスにしようと思っていたのだが、目が覚めたのが7時だった。OXXOでハンバーガーとゼリーを買って朝食とし、町を少し歩いてからバスターミナルへ行く。バスは意外や満席だった。クエルナバカは見どころの少ない町で、極論すればカテドラルとコルテスの館しかない。しかしそのカテドラルの内装が、シンプルでなんともモダンっぽくて気に入った。コルテスの館は武器などを展示していたが、見どころは2階の回廊に描かれた壁画。昼飯はついバーガーキングに入ってしまった。N$64と結構高い。それからボルダ公園へ行き、池のほとりで一休みする。さすがにメキシコの国民性なのか、丹精込めた庭園という感じではなかった。その後ポソレの専門店に入った。N$70でまあまあ美味しかったが、タスコの汚い市場の中でN$20で食べた方が味は上だったかも。それから16時のバスでメキシコシティへ向かい、18時30分くらいにホテルにチェックインする。

今晩はルチャリブレ(プロレス)を見る予定。シャワーを浴びた後、徒歩でアリナ・コロセオへ行く。まだ明るいので大丈夫だが、途中なんとなく治安に気をつけないといけないような街路を通った。ところがアリナ・コロセオへついてみると閉まっている。シャッターに張ってあるポスターを見ると、今日はもう一つのホールであるアリナ・メヒコで興行しているらしい。仕方ないのでメトロで向かう。アリナ・メヒコの前はマスクやビデオを売っている露店でいっぱい。ダフ屋もいっぱいでいかにも要注意という感じ。オフィシャルっぽい格好の人に窓口はどこかと聞いてチケットを買った。N$120の席のはずなのにN$200出しておつりをN$50しかくれない。釈然としないがここでもめても面倒なのであきらめた。その間も始終ダフ屋が英語で話しかけてくる。入場しようとしたらさっきのオフィシャルが荷物検査をするという。カメラを持っていたので、日本語のカードを見せられた。そこには撮影禁止なのでカメラは窓口に預けなければいけないという。さすがにカメラを渡すのは不安なので自分で窓口に行くと行ったのだが通じず、引換券を渡された。結果としてカメラは無事に帰りに受け取れたのだが、ホテルにおいていった方が安心だったろう。

中には行ったのは8時30分頃で、既に盛り上がっている。案内されたのはリング際の一等席。お姉ちゃんが席をあけてくれた。おっちゃんがそこら一帯の席を仕切っていて、カタコトの日本語がしゃべれるらしく、『トモダチ』『トモダチ』と連呼する。ビール飲むかといわれて頼んだら大きな紙コップでくれた。N$40は高いが仕方ないだろう。リングの上ではレスラーたちがパフォーマンスをしている。何人か熱狂的なファンがいて、大声でレスラーに何か呼びかけている。レスラーもときどきそれに答えてポーズをとったり話をしたりしている。プロレスなど生で見るのは初めてだが、鍛え上げられた肉体から飛び出すダイナミックなパフォーマンスはなかなかの迫力でおもしろい。時々リングから飛び出すと、観客は巻き添えを喰らわないように急いで逃げる。椅子の上に落ちたときなど本気で痛そうだ。そのかわり殴る蹴るはあきらかに力を抜いている。まあショーなので本気で傷つけあう必要はないだろう。見ているとレスラー達にもいくつかのパターンがあって、若くてイケメンのレスラー、背が低かったり小太りで少しユーモアのあるマスクと動きをするレスラー、見るからに悪役のマスクと動きをするレスラーといろいろだ。かならずしも善玉が勝つとは限らないようで、イケメンの人気者がフォールされたりしていた。リングのまわりには4〜5人のカメラマンが写真を撮っている。テレビカメラも2台くらいいて、時々観客席を撮る。僕もボケッとした顔を撮られたくないので、盛り上がって見せる。最後の試合の時に一番前の席から移された。チケットを見比べてみると、僕の席はもともと3列目くらいのところだったらしい。そのあたりは仕切っているひとが適当にローテーションさせているみたいだ。ルチャリブレは21時30分頃に終わり、無事カメラを受け取って、徒歩でホテルへ帰った。

昨日食べたフルーツが固かったせいか、腹が少し重い。あまり早起きをする気になれず、8時前にホテルを出る。まず銀鉱山王ボルダの家に行くが、展示は大したことがなくて少しがっかり。ビレイナル美術館はアートコレクションがあるということだが、中世(主にスペイン)の拷問具の特別展をしていて胸が悪くなった。思った以上に小さな町で、見るところがあまりなくなってしまったので、30kmくらい離れたカカワミルパ鍾乳洞へ行くことにする。ミニバスが1時間に1本くらい出ているというのだが、当然バス停の看板などはない。うろうろしていたら、向こうから声をかけてきてくれた。白いライトバンフロントガラスに白ペンキでGrutas(洞窟)と書いてある。後ろに3列のベンチが取り付けてあり、膝が前のベンチに当たって狭い。運転も荒い。道も少々荒れている。走っている間もスライドドアは開けたまま、それからハンドルが90度くらい左にずれていて、スピードメータが動かない。他の町のタクシーでも、フロントガラスが半分以上ヒビが入っていたり、サイドミラーがなかったりとオンボロな車がたくさんあった。

50分くらい走り、ガソリンの臭いと揺れで目がまわり始めた頃、目的地に到着。バス台はN$20。N$60のチケット代を払ってさっそく鍾乳洞へ入る。入り口も結構大きいが、奥の方は暗くて全然見えない。ここはスペイン語のガイドがライトアップの灯りをつけながら順番に案内をしていくシステムなので、説明は聞いても分からないが集団について歩く。外はだいぶ暑いので中は涼しいことを期待したのだが、湿度が高くてすこし蒸す。空気も薄い気がする。中は想像していたよりもずっと広く、そして奥深い。大きな体育館くらいの空間がずっと奥続いている。入り口から1/3くらいのところで、スクリーンを立てて映画祭をやっていた。鍾乳洞といえば天井一面鍾乳石だらけというイメージがあるが、巨大な天井の大部分はのっぺりしている。ところどころ壁際などに鍾乳石が垂れ下がっているのだが、空間そのものが大きいため鍾乳石のサイズも巨大になる。上を眺めながら大量の写真を撮る。手ブレを防ぐために息を止めるので、だんだん頭が痛くなってきた。ゆっくり歩いて片道1.5時間。帰りは自由に歩いて、合計で3時間ほど中にいた。

外に出ると眩しくて目がいたい。そしてやっぱり暑い。チケット売り場の2階で食事をとる。チキンのフライとビールでN$70。こういうところで食事をしていると、滞在費も決して安くないなぁ。帰りのバスの時間が分からないので、行きに到着したあたりで待っていたら、地元の人がここには来ないから外で待てという。ゲートの外で待っていたら通りがかったタクシーが、もっと先のT字路で待てという。(あとからかんがえたら、最初の人もそういっていたみたいだ)そこのT字路まで行けば、トルーカからの幹線道路にぶつかるのでバスがたくさん通るようだ。言葉が不自由でも、ここでは誰もが親切に教えてくれる。T字路には屋根とベンチの待合所があったので、そこでしばらく待っていた。が、待てど暮らせどバスは来ない。日差しは照りつけるように強い。結局1時間くらい待って、行きと同じバスが来た。帰りもドアは開けっ放しだったが、ドア側に座っている僕がうつらうつらしていたら閉めてくれた。

町に戻っても、今日はもう体力がない。見ていないところも残っていなかったので、まだ日があるうちにシャワーを浴びてベッドに入った。

旅も後半、今日は飛行機でメキシコシティへとんだ後バスでタスコへ行く。飛行機は12時20分なので、オアハカ市内で2時間ほどゆっくりする時間がある。もういちど博物館へ行こうと思っていたのだが10時開館とのことで、諦めてゆっくり朝食をとることにした。ソカロに面した店で、オレンジジュース、コーヒー、トースト3枚のセットを頼む。N$30。その後市場をうろうろしたあとタクシーを拾って空港へ。N$100。空港ではN$30のサンドイッチを食べたりしながら時間を待つ。旅の始めのうちは時間を惜しんでがつがつと観光をしていたが、だんだん疲れてきたのと気持ちに余裕ができてきたのとで、時間を潰すのが苦でなくなった。離陸後、期待をしていたとおりに飛行機の窓からモンテ・アルバンが見えた。最後までサービスの良い、思い出深い町だった。

メキシコシティの空港は、空港タクシー以外の交通機関を排除しているのかとおもうほど出口や他の交通機関の利用方法が分かりにくい。建物を出て右手へどんどんいくと空港の出口がある。ポリスにDonde esta Metro Estasione?と聞いたら左へ行けと教えてくれた。10分くらい行くとプラットフォームが空中に浮いたような建物があり、メトロのPantilan駅に着いた。目的としていた空港最寄りの駅ではなかったが、多くの路線が集中する便利な駅なので結果オーライだ。N$2と格安の切符を買って、途中で一度乗り換えて南方面バスターミナルのあるTasquenaの駅に着く。メトロは人が多くて多少緊張したが、特に危険という感じはしなかった。ただしょっちゅう物売りの人が乗り込んできて、大声を張り上げるのがうるさい。車内が込んでいても構わず通路を横切る。CD売りなどは背中にスピーカーを背負っていて、大音量で音楽を流している。できればああいうのは禁止してほしいなぁ。

バスターミナルはすぐに見つかり、タスコ行きのチケットN$116を買う。バスはすぐに出発した。市内は混んでいたが郊外に出るとスムーズに走る。車内ではメキシコ映画をやっていた。約3時間の旅で、6時頃タスコに着く。明るいうちに着いてよかった。町の南側、位置的に下にあたる場所に幹線道路が通っていて、バスターミナルはそこにある。町へは急な石畳の道を登る。グアナファトとは違って、ここの家はすべて白いペンキで塗られている。町は道が細く、急な石畳の坂が続く。そのせいか一般の車は少なくほとんどタクシーしか入らないのだが、そのタクシーがすべて白いVWビートルかVWのバン。町の風景に馴染むように合わせているのだと思う。実際、とてもお洒落な町だ。ソカロは丸ステージの建て替え工事中で雑然とした雰囲気だったが、街並みはとてもきれいだ。目指すホテルは町の下1/3を占める市場の中にあるのだが、はじめは道がわからないのでいったんカテドラルの前まで出た。ここの市場は坂の途中にあり、市場というよりは大きな商店街のよう。ホテルは感じのいいおばちゃんたちが手伝ってやっている様子で、マネージャのおばあちゃんは英語が話せた。少し厳しそうなひとで、ゆっくり言い聞かせるように話す。映画にでも出てきそうなキャラクターだ。トイレ・シャワー付きで2泊でN$420。シャワー設備は新しくてきれいだが、ベッドがすこし油臭かった。シングルの部屋にベッドが2つ押し込んであってスペースはいっぱいいっぱい。テレビはあった。ドアの外はレンガ色のテラスがあり、サボテンや鉢植えがおいてあって豪華ではないがきれいな感じ。けっして高級でなくてもきちんと手入れのされているホテルというのは気持ちがいい。

まだ少しあかるいので町を歩いたが、タスコの中心街はとても小さい。この町には2泊するので、今日は夕食を食べて休むことにする。バスターミナルの近くまで降りてレストランに入り、2階のテラスに陣取る。いろいろ考えてオーダーするのだが、いつも同じような物が出てくる?ビーフか鶏肉かタコスを焼くか蒸すかした物に、モーレかトマトか豆かのソースがつく。メキシコ料理はもっとバリエーションがあるはずなのに難しいなぁ。残念ながら肉は日本で食べる方が美味い。その点スープはいつも美味い。セルベサも美味い。N$80。その後はカテドラル前のOXXOというどこにでもあるコンビニでビール2本買ってホテルに戻った。

今日はオアハカ中心街から10kmくらい離れたところにある山の上の遺跡、モンテ・アルバンヘ行く。昨日予約したバスは8時30分だが、7時過ぎくらいにホテルを出て町をそぞろ歩く。朝は人が少なくて落ち着ける。バス乗り場への道の途中にあるベインテ・デ・ノビンブレ市場の中に写真付きのメニューを看板にした食堂があったので、朝食にトルティーリャのトマト煮を食べる。同じテーブルにメキシコ人家族と思われる旅行者がいて話しかけられた。言葉はほとんど通じないがお母さんがとても陽気で楽しい。お父さんはずっとビデオを取っていた。僕も合わせて手を振って見せたりする。あまり時間がないので大急ぎで食べて、バスに乗る。バスは観光客向けの座席指定なのだが、途中でどんどん現地の人を乗せて行った。お金を払っている様子もない。おそらく遺跡で物を売ったりして働いている人を乗せてあげているのだろう。バスは山道を登る。途中にかなり粗末な家も見える。路肩が崩れていたりして少し心配になる。30分ほどでモンテ・アルバンに着いた。

入り口のまわりには石の細工物やソンブレロを売る露天が並んでいる。N$48の入場料を払ってゲートから入る。入り口からは遺跡の全容は見えず、少し登る。標高が高いせいかすぐに息があがる。遺跡はすべて復元のようで、石をセメントで固めて作られている。それでも全体が廃墟然としているので、白ける感じはしない。まさにマヤ文明といわれて想像していたとおりの趣きだ。超望遠レンズで迫力のある写真を撮りたくなるが、85mmでなんとか頑張る。北の大基壇から入り、遺跡全体と南の大基壇を見渡す。かなり大きい空間を禍根んで建造物が四方に並んでいて、上から見下ろすとサッカー場のようだ。中央には大神殿と天文台が見える。天文台だけが他の建物と違い、45度回転している。まだ朝なので人も少なく静かだ。日差しもまだやわらかく、ゆっくりと散策をする。南の大基壇の階段は急で、子供たちはどうしても駆け登りたくなるようだ。階段の上に腰かけていつまでもボーッとしていたいが、帰りのバスは2時間後と決められている。ゆっくり廻っても2時間あれば十分な広さだが、できれば昼寝をしたいな。南の大基壇のちかくに踊る人々のピラミッドと呼ばれている建造物がある。ここからは陽気に踊っているように見える人々のレリーフが見つかっている。しかしこれは本当は踊っているのではなく、捕虜にされたり死刑にされたりした敵や罪人の姿なのだという。他ではあまり見かけないほど、素朴で簡単な彫刻だ。遺跡の中にもところどころ物売りのひとがいて、小汚い人形等を買わないかと声をかけてくる。それとなしに見ていると、彼らは暇な時はその人形を手で擦ってわざと汚して、本物らしく(?)見えるようにしている。おっちゃんの手垢で汚れた人形なんてタダでもほしくはない。本物の出土品はほとんどが昨日見たオアハカの博物館に収蔵されている。ここにも小さな博物館があっていくつかの副葬品などが展示されているが、残念ながら昔の人々の息遣いは感じられなかった。

外に出ると人が増えていた。やはり遺跡めぐりは涼しくてすいている朝一番に限る。バス乗り場へ向けて降りていると、昨日市場で出会った家族とまたあった。お母ちゃんが喜んで手を振ってくれた。帰りのバスは30分くらい待たされた。オアハカに戻ったのは12時頃。まだ半日あるので、アメリカ大陸最大の木があるエルトゥーレに行きたいと思い、2等バスターミナルに向かう。途中にあるアバストス中央市場に立ち寄ったら、巨大な市場で本気で迷った。まっすぐ歩いて突っ切るだけで300mくらいある。人が多くてゆっくりとしか歩けないし、方向感覚を失う。肉屋、八百屋、スパイス屋、穀類、フルーツ、生活雑貨など間口2〜3mの小さな店ばかり、何百となく並んでいる。こんなに大きかったら同じ物をあつかう店も何十とあるはずだが、よく真ん中のほうの店がつぶれないもんだ。N$5で買ったカットフルーツ詰め合わせが美味しかった。

かなりやれやれという感じで市場に併設された2等バスターミナルに着いた。しかしバスが分からず、既に結構疲れていたせいもあって諦めた。こういう気候の国では、シエスタは必要なものなんだなと勝手に実感する。まだ1時前だがいちどホテルに戻ることにした。途中、カテドラルの横のレストランでオアハカ名物というカソエラ・デ・ケソというスープを食べる。地球の歩き方に載っている店だったが、単に溶かした塩辛いチーズが出てきただけで、全然美味しくなかった。ガイドブックでおすすめと書いてある店にも結構当たり外れがあって難しい。ホテルに戻り、シャワーを浴びて昼寝をする。昨日からときおり花火のような爆発音が聞こえるが、気持ちのいい昼寝だった。6時前に、そろそろ陽が傾いてきたので町に出る。

郵便局でハガキを出して夕暮れの町を歩いていると、カテドラルの横から大きな音楽が聞こえてきた。みると3mほどもあるハリボテの人形がくるくる廻って踊っている。綺麗に着飾った女性達も一緒に踊っている。テレビカメラも何台か来ていて、観客の輪ができている。バンドの陽気な生演奏にあわせてくるくる廻る人形は、ぶらぶらとついている手が回転するときだけ広がり妙に表情が豊かだ。見ているとこっちも自然に楽しくなる。やがて間近で花火が打ち上げられる。昨日から聞こえた爆発音はこれだったのか。鉄でできた看板に花火が仕掛けられていて、火をつけると鼠花火のように廻ったり文字が浮かび上がったりする。どうやらこれからお祭りが始まるようだ。なんていい日に来たんだろう。

あたりはもうだいぶ暗くなってきた。ラソレダー教会も見たくて一度ソカロを離れる。こちらも美しくライトアップされている。遠くの山肌の町の灯に、教会のファサードが浮き出て見える。教会の中はコンサートか何か始まるようで、入ることができなかった。ソカロへ戻ろうと道に出ると、人で溢れかえっている。いくつかのバンドと踊り子たちのグループが、それぞれの演技を披露しているのだ。バンドの生演奏が間近で響き、こっちもハイになる。花火の音も追い討ちをかける。何て素敵なサービスなんだろう。メキシコシティから遠かったが、わざわざ来て本当によかった。ここで例のメキシコ人家族と2度目の再会をする。観光客は覆いが小さな町なのだ。やがて皆ソカロへ向かって歩き出し、パレードがはじまる。人々はカテドラルの前に集まり。ここで音楽と踊りは最高潮を迎える。カテドラルの反対側にはステージと客席が設置されていて、獅子舞のような民族舞踊が披露されていた。

まだオアハカでちゃんとした食事をとれていないので、どの店にしようかとソカロのまわりをうろうろする。もう9時近いのだがメキシコ人にはまだ早いのか、あまり食事をしている人がいなくて店を選びにくい。結局、ソカロに面したDEL JARDIAという店に入る。今日はなんとしても美味しいディナーを食べたかったので、辞書を片手に慎重に選ぶ。結局、SOPA CAMPESINA、CARNE ASADA A LA OAXACAとセルベサを頼む。メキシコはスープが美味しい。コンソメ風のスープに卵が入っていて、コリアンダーとライムの風味が良い。メインディッシュは薄く伸ばした牛肉のステーキに、トマトソース、モーレソース、豆のソースと3種類ついていて美味しかった。これでセルベサ2本と合わせてN$165。レストランのすぐ近くではバンドが演奏をしている。チップを貰いにきたら払ってあげようと思っていたのだが、結局来なかった。その代わりに小学生くらいの子供たちが物売りに来た。主義なので何も買ってあげなかったが、10才以下と思われる女の子もこんな時間まで働いているのかとすこし心が痛んだ。11時を過ぎて人々が帰り始めたので、僕も町を眺めながらゆっくりと宿に戻る。

移動しつづけるのが僕の旅のスタイル。今日は贅沢に飛行機でオアハカへ飛ぶ。9時を予定していたフライトが直前に8時に変わったため、6時にはユースホステルをでなければいけない。昨晩はあまり熟睡できず、5時過ぎに起きた。ホールへ出て身支度をして、横向さんに挨拶のメモを残す。ちょっと気障なようだが、寝る前にお別れをいうのも変だし、黙って立ち去るのもなんだか残念な気がしたのだ。フロントの兄ちゃんがフロントの下で寝ていて、僕が行ったらガバッと起きてチェックアウトをしてくれた。町はまだ真っ暗。タクシーを拾うためにソカロまで歩く。こんな時間でもポリスはいる。道の脇で手を上げてタクシーを呼ぶが、何台かは通過してしまった。やり方が悪いのかと心配になった頃、一台止まってくれた。空港までいくらかと聞くと、N$200という。最終的にメータはN$250くらいだったので、確認をしておいてよかった。空港は市内から20kmくらい離れているが、タクシーはかなりのスピードで飛ばして、6時くらいには空港についてしまった。空港は必ず英語が通じるのでほっとする。

飛行機は定刻どおり出発して、乗り継ぎ地のメキシコシティに着く。乗り継ぎも問題なく、無事オアハカ空港へ到着。乗り合いタクシーのチケットを買おうとするがなぜか断られ、通常のタクシーN$170のチケットを買わされた。セダン型の普通のタクシーがこないので、乗合用の大きなタクシー貸切りでソカロへ向かう。距離にして7〜8km、20分の距離なのに空港タクシーは高すぎる。飛行機自体が金持ちの乗り物だからだろう。ソカロの前は渋滞で、1ブロックくらい前で下ろされた。町の中心部は観光客でごったがえしている。そして日差しがとても強い。まずホテルに向かう。目当てはポサダ・マルガリータというサントドミンゴ教会の近くの安宿。バストイレ共同で、2泊でN$396。本当はもう1ランク上のホテルに泊まるつもりだったのだが、横向さんに影響されたか。ベッドを置いたらそれでいっぱいの狭い部屋だが、清潔で雰囲気は良い。天井は煉瓦組みのアーチ型で、なんだか収まりがいい。

まず最初にサントドミンゴ教会へ入る。外見は剛健だが、内部は彫刻を金ぴかに縁取りしたバロック様式。入り口付近の天井に、聖者の彫刻を樹の形に配した『生命の木』があり、なかなかおもしろい趣向だ。何枚か写真を撮っていたら、ちょうどタイミングよく結婚式が始まった。さっきは消えていた内部の灯りがついて彫刻がきれいに見える。得をした。邪魔にならないように気をつけながら、しばらく結婚式を見学させてもらった。こんな立派な教会で結婚式を挙げられるというのは素敵なことだな。次ぎにオアハカ分化博物館へ入る。古代の土偶から始まり、様々な民具、装飾品、そしてスペイン人が到来した後の道具類まで。思ったよりも大規模な展示で、時間を忘れてしまった。残念なのはスペイン語の説明が分からないこと。これが分かれば数倍有意義なんだけどなぁ。窓の外にはサボテンを使った庭があり、いかにもメキシコに来たなあという気分になる。外へ出ると暑さは一層厳しい。ミネラルウォーターを大量に飲みながら、ベニートフアレスの家へ行く。唯一の先住民族出身の大統領で、画期的な政策をした彼が、青年時代に10年ほど過ごした家という。彼の名前と、彼が行った改革Reformaの名前はどこの町に行っても通りの名として見られる。家自体は質素なものだったが、ここで初めて彼の肖像画を見た。

暑い暑いと思いながらソカロへ戻り、右に曲がってラソレダー教会へ。聖母マリアが現れた奇跡の地に建つ教会ということで、内部に聖母像が建っている。建物は立派だが、クリスチャンでない僕には特にインスピレーションは感じられなかった。再度ソカロへ戻り、遅い昼飯を食べる。Tamaresというトウモロコシの葉に肉とモーレソースを包んで蒸した料理とビールでNS58。まだモーレの美味しさに目覚めることができないが、満足の行く内容だった。次ぎに南へ向かい、明日行く予定のモンテ・アルバン行きのチケットを買う。だいぶ手前で元気なオカアチャンに呼び止められて半信半疑でついて行ったが、チケット売り場についたらなんとそのままそのオカアチャンがチケットを売ってくれた。翌朝8時30分の最初のバスでN$38。そろそろバテてきたので、まだ日は高いがホテルへ戻りシャワーを浴びる。時刻は6時くらい。夕食に出る前に仮眠をしようとベッドに入る。なぜか時折大きな爆発音が聞こえる。気がつくと外は暗くなっていて、外に出ようか、面倒くさいなあなどと思っていたら、隣の部屋にアメリカ人カップルと思われる人が入ってきた。僕は部屋の電気をつけていなかったので誰もいないと思ったらしく、盛り上がっていた彼らはそのまま大声ではしゃぎながらF*CKをはじめやがった。そうなると出るに出られず、諦めてそのまま寝ることにした。ちなみにそのアメリカ人は後で僕がいることに気づき、今度は大声でなんてこったと嘆き出した。うるさいので窓を閉めて耳栓をして寝た。

今日も鐘の音で6時くらいに目が覚める。バスは8時40分だが、朝の町を歩きたくて7時前にホテルを出た。人通りの少ないフアレス通りはとても情緒あふれていい感じ。フアレス劇場前のベンチも誰もいない。バスターミナルまでの市バスにどこで乗ればいいか分からなかったが、ゆっくり町の入り口まで歩いたらそれらしいバスが止まっていた。『Central Camionera?』と聞いたらそうだという。あっけなくグアナファトの町を後にして、7時30分にはバスターミナルについてしまった。そこで横向さんという旅行者に会う。サカテカスに行くかモレーリアに行くかと悩んでいたが、結局一緒にグアダハラに行くことにした。グアダハラ行きのバスは今日もサンドイッチがついていたが、けっこう混んでいた。グアダハラのバスターミナルから市内へは市バスで行くが、いろんなバスがきてどれがグアダハラのCentro(中心街)に行くのか分からない。バス停で何かの募金をしているおじさんに聞いたら、あれはちがう、これもちがうと親切に教えてくれ、後からきた係員の人に引き継いでくれた。バスを見ても全然分からないので、聞かないと分からない。10本くらいやり過ごして、20分くらい待ったと思う。

ホテルの予約はしていないので、横向さんとおなじユースホステルに泊まることにした。一人だったら個室を選ぶが、一緒にドミトリーにしてみた。N$155。ユースホステルの中は広くて明るい。壁に壁画風の赤ん坊や少女のなかなか魅力的な絵が描かれている。部屋は二段ベッドが4つ並んでいて、鉄製のロッカーがある。荷物を部屋に置いていく時は南京錠をかけるらしい。フロントの兄ちゃんは完全に英語が通じて安心だ。横向さんとは夕食を一緒に食べる約束をしていったん別れる。荷物を置いて市内観光を始めたのが2時ころ。まずいつも通りカテドラルに行く。次に世界遺産オスピシオ・カバーニャスに向かうが、なぜか全然違う方向へ行ってしまった。地元に人に道を聞いたら、カテドラルに戻って右へ行けという。どうもSuntoのコンパスがでたらめになっているようだ。やはりデジタル計器は当てにならない。

グアダハラは暑い。標高は1500mくらいあるのだが、日差しが強くてフラフラする。ようやく目指すオスピシオ・カバーニャスへ着くが、開いていない。入り口が違うのかと思ってまわりを一周するが、やはり開いていない。シエスタなのか?釈然としないままカテドラル前のソカロに戻り、ハリスコ州庁舎へ入る。ここにあるオロスコが描いたの壁画『立ち上がる僧侶イダルゴ』がすごい。イダルゴは独立運動の火ぶたを切った人物だが、昨日滞在したグアナファトで処刑された。壁画のイダルゴは、その悲劇的な運命を見越しているかのような悲壮な表情で、しかしこの上なく力強く拳を振り上げている。今回の旅行でもっとも印象深い絵だった。

グアダハラ地方博物館に行ってみたが、ここも開いていない。もう一度オスピシオ・カバーニャスへ行ったがやはり駄目。もしかして今日が5/1のメーデーだからだろうか。全然考えていなかった。そういえばソカロや途中の噴水のところに家族連れや子供がたくさんいてどう見ても木曜日というよりは祝日という雰囲気。飛行機を使ってまで足を伸ばしたのに、ちょっと残念だったなぁ。しかたがないのでリベルタ市場で時間を潰す。市場をそぞろ歩くのは楽しいが、人が多いのでちょっと緊張する。

暑くてかなりバテたので、6時30分くらいにユースホステルに戻り、シャワーを浴びて洗濯をする。暑いし空気が乾燥しているので明日の朝までには全部乾くだろう。洗濯中にズボンのボタンが取れてしまった。ソーイングセットはやはり持ってきた方がよかった。8時前に横向さんと合流して、サンディーズというレストランに入る。カテドラル横の公園に面した2階のテラスで、風が心地よい。だんだんと日が暮れてきて、カテドラルがライトアップされるのが見える。なかなかの好ロケーションだ。マセワルのようなトマトスープとモーレソースのエンチラーダス(トルティーリャを煮たもの)を頼む。どちらもなかなか美味い。横向さんは中南米が好きで、何年か前に南米を3週間かけて一周したらしい。夜は宿に泊まらず夜行バスで移動するのがスタイルらしい。かなり旅慣れている様子で、話をしているといろいろ参考になる。彼としては、この町は今回の旅行で回った他の町とくらべて、空き家や物乞いが多くて雰囲気が悪く、好きになれないという。僕は観光スポットだけを見ていたので気づかなかったが、旅慣れると視野が広くなるのかもしれない。旅行中はたいてい一人で食事をするが、こういうときは仲間がいた方が絶対に楽しい。食事代はビールを2本づつ飲んで、1人あたりN$116。

9時くらいにレストランを出て、ライトアップされたカテドラルの写真をバシバシ撮る。ソカロには家族連れもいて楽しい雰囲気だ。マリアッチが聞けるかと期待してリベルタ市場のほうへ行ったが駄目だった。昼間カテドラルで声をかけてきた物乞いの少年がまた寄ってきた。たしかに他の町では物売りはいたが、子供の物乞いは見かけなかったなぁ。媚びたような顔をしてくるが、僕は物乞いには施さない方針だ。

ユースホステルに戻って翌朝タクシーを呼んでもらえるかと聞いたら、外でいくらでもキャッチできるという。12時くらいに寝たが、1時頃になんと窓の外でトンカチを使って何か作るような音が響いてきた。同室のアメリカ人が『Constructing?』といって笑ったが、かなり迷惑だなぁ。ロビーの方からも大音量で音楽をかけて騒いでいるのが聞こえてきた。明日は6時チェックアウトなので寝坊はできない。耳栓をして寝た。夜も騒がしいのがメキシコ人の国民性なのか、今回の旅行では何度も耳栓のお世話になった。ユースホステルは毛布など置いてないのが普通とのこと。どうりでバックパッカーの多くが小さなザックにシュラフを縛り付けているわけだ。幸い、夜は寒くなかった。

カテドラルの鐘で6時に目が覚める。まだ眠い。未練がましくベッドにしがみついていると、6時30分頃にまた鐘が鳴った。この町の人は朝寝坊ができないらしい。今日はグアナファトへ向かう。7時にチェックアウトしてタクシーを呼んでもらい、7時30分頃にはバスターミナルに付く。バスターミナルのことをautobus estationと言ったのだが通じなかった。central camioneraというらしい。朝はさすがに道もすいていた。タクシー代は行きよりも少し高いN$40。バスターミナルで朝食サンドイッチとcafe con leche(ミルクコーヒー)を頼んだら、なんとホットミルクとインスタントコーヒーの瓶、砂糖瓶を渡された。適当に入れたら甘くなりすぎた。N$33。売店でかぼちゃの種を飴で固めたお菓子を買った。N$10。バスのレベルは昨日よりは落ちるがフットレストがあって快適。

イラプアトへは10時40分に着く。グアナファト行きのチケットを買おうとバスターミナルの建物に入る前にチケット売りの人に呼び止められて、そのまま乗り換えた。バスは2等レベルでN$32。12時にグアナファトへ着き、翌日8時40分のグアダハラ行きバスチケットをN$261で買っておく。バスターミナル正面に止まっていた市バスN$4に乗って市内に向かう。意外と長い距離を走ってそれらしき町に入るが、どこで降りればいいか分からない。やがてバスは長いトンネルに入る。あとから分かったのだが、グアナファトの町は地下にトンネルを掘って幹線道路を通しており、地上の町に車があふれないようにしているのだ。観光のためなのか、昔の何かの名残りなのかは分からないが、観光都市としては素晴らしい試みだ。トンネル内のある停留所で乗客の大半が降りたので、僕も一緒に降りることにした。階段を登って地表に出ると、ちょうど町の入り口だった。

グアナファトは18世紀に世界の銀の1/3を算出していた銀山の町。その時代に美しい街並みが作られ、その後銀山が衰退したためにそのままの姿で町が残っている。ここはまた独立戦争の激戦地であり、町にはそれを記念した建物や像がある。最初に着いたのはイダルゴ市場の近くのメインストリート。観光客で原宿のようにごったがえしている。日差しがとても強くて、すぐに干上がってしまいそう。手近な店に入ってソンブレロの値段を聞いたらN$60。買っても良かったのだが荷物が増えるのが嫌で見送った。結局旅行中ソンブレロは買えなかった。イダルゴ市場は1階が食品や日用品、2階がお土産などの店になっている。体育館みたいな大きなドームになっていて、外からみると寺院のような建物だ。目指すホテルは、バシリカから道一本下ったところにあるカサ ショエンスタットというコロニアルタイプの安宿。正面からみると水色のペンキが鮮やかでとてもかわいいホテルだ。バス・トイレ共同の個室でN$150。部屋の案内をしてくれた少年は英語はできないが、いろいろ設備を丁寧に教えてくれた。今夜はとても日本人宿泊者が多いらしい。さすが『地球の歩き方』。マネージャのおばさんは少しだけ英語ができた。

ホテルに荷物を置いて、町に出る。13時過ぎ。観光客であふれているが、世界遺産の町は美しい。山あいにある町は独特の魅力がある。バシリカなど公共の建物は立派だが一般の家屋は決して豪華ではない。しかし丁寧に補修され、綺麗にペンキで塗ってあるため町は清潔感にあふれている。そしてそのペンキがピンク、オレンジ、黄色、緑、思い思いの色で塗られていて、全体としてとても美しい街並みを作り出している、四角い窓のまわりは白く縁取られていてかわいらしい。まずグアナファト大学を正面から見て、プエブロ博物館に入る。元鉱山主の家を利用して地元の画家の作品を収容しているのだが、DEAN GAZELEYという画家のデッサン調のヌード画が素晴らしかった。つぎにディエゴ・リベラ博物館へ行く。代表作『アラメダ公園の日曜の午後の夢』が複写があった。メキシコシティに本物があるらしい。アロンディガ・デ・グラナディータスは、かつて独立戦争の時に政府軍が立てこもった建物。モラドの書いた壁画が圧巻で、ここは入場料N$45で写真撮影は別途N$30なのだが、わざわざ後から写真撮影チケットを買い足してしまった。それ以外にも鉱山の道具や仮面、当時の日用品など興味深い展示があった。

大通りを通ってファレス劇場へ行くが、シエスタで閉まっている。そうえば昼飯を食べていなかったので、近くのトルコ7(シエテ)という店に入り、ランチを食べる。SOPA(スープ)がとてもおいしい。あれはマセワル?それからタコスと豚肉のクリーム煮、ビールで合わせてN$42と格安。店を出ると5時過ぎでファレス劇場が開いている。入場料N$35+カメラ持ち込み料N$30を払って入った。国際的な演劇祭のメイン会場になっているというこの劇場はさすがに豪華だったが、無理に写真を撮らなくても良かったかも。ステージの上では舞台道具の準備をしていた。外に出ると6時前。まだ日没までには2時間近くあるのだが、昼間の町と夜の町の両方を上から見下ろしてみたくて、ピピラの丘に登る。ケーブルカーが架かっていて、片道N$12。ピピラとは鉱夫の名前で、アロンディガ・デ・グラナディータスの壁を破り攻略の突破口を開いた功労者だという。この公園には大きなピピラの像がたっていて、町を見下ろしている。ピピラの像の足元のベンチに座り、心穏やかに町を眺める。色とりどりの家いえが本当に美しい。スペインなどで見た町はたいてい石や煉瓦の色か、あるいは漆喰の白で統一されていてとても美しい街並みを作っていたのだが、こういう色とりどりの風景は美しいだけでなくとても楽しい。山肌一面に家が立てられているので、家の屋根がそのまま尾根筋、谷筋を形作っている。大雨のときに谷筋の家は浸水しないのだろうかと不安になる。そういえばバシリカなどの中心街は一番の低地に作られているが、この町には川が流れていない。土地が乾燥しているからだろうか。

ピピラ公園ではゆっくりと絵葉書を書いたりして過ごした。なにしろこの場所はまちがいなくこの町で一番贅沢な場所。露天のおばちゃんや絵描きのおじちゃんが話などをしながら時間を潰している。日差しが強く喉もかわくが、僕も町を眺めながら、ときおり鳩の群れを撮ったりしながら時間を過ごす。観光客が入れ替わり立ち替わり訪れ、修学旅行なのか子供たちが集まってきて騒いでいる。やがて太陽が山の向こう側に沈み、町に灯がともりはじめる。夕暮れ時はこの町が一番美しい時刻。家いえや街路にともりはじめたあかりのオレンジが、だんだん濃くなる夕闇の青と混じり合う。鮮やかだった家の色が水底に沈むように青く染まってき、やがて壁の色も見えなくなって一つの点になる。完全に日没になるまで、約3時間もこの公園で過ごしてしまった。

9時前に、ケーブルカーで丘を降りて夕食をするところを探す。目当てだった店は人が全然入っておらずに躊躇する。しばらくうろうろするが、結局昼飯とおなじトルコ7に入った。こんどはエンチラーダス(タコスにソースをかけたもの)、部時たるブルスープ、そしてビールを頼んでN$70だったが、昼に食べたものほどは美味で放った気がする。N$70。帰りにOXXOでビールを買っていこうとしたが、保冷棚に鍵が架かっている。店員にビールを売ってほしいと言ったが、なぜかダメだと言う。変える途中、いくつかの楽団が音楽を演奏したり二人羽織の芸をしていた。ホテルの部屋は昼間の熱気が残っていて熱い。窓を全開にして、窓際の別途で寝た。

今日は晴れている。6時30分にテレビが自動的について目が覚めた。昨晩は不思議な夢をいくつか見たが目覚めはよい。7時30分にホテルをチェックアウトしてメトロの駅へ歩いていく。街の様子はやはりあまりキレイではなくて雑然としている。メトロは切符売り場の人がいなくて、タダで入れてもらった。Insurgentesでメトロ1号線にのって終点Observatrioで降りる。駅を出ると屋台などがたくさんあって雑然としている。その先に市バスのターミナルがあってしばらくその辺をうろうろするが、切符売り場などが見当たらない。おかしいなぁと駅に戻ってあたりを見渡すと、裏側に大きなバスターミナルの建物が見えた。ターミナルで写真を撮っていたら禁止だと注意をされた。売店で買ったサンドイッチがN$30。高いのか安いのかまだ分からないが、大きくてなかなか美味そう。9時発のETNのモレーリア行きデラックスバスはN$310。飛行機のビジネスクラスのような豪華なシートで、サンドイッチとミネラルウォーターがついてくる。こんなバスなら夜行便でも快適/安心だろう。

モレーリアのバスターミナルには13時頃に到着。翌日8時30分発のイラプアト行きのチケットN$117を買ってからタクシー$N30でソカロへ向かう。ここでもタクシーはチケット制。どこの街にも中心となる教会があり、その脇には広場があってソカロと呼ばれている。ソカロに近づくとやはり道は混んでいた。目指すホテル『コロニアル』は空き部屋があった。ペンキの色が明るくて雰囲気はいい。ホテル代はN$340。メキシコシティのホテルは日本から予約していて\4800だったのでN$340は安いかと思っていたのだが、後から考えると劇高だった。

市内観光はまずカテドラルへ。2つの塔が美しい。中には修学旅行の子供がたくさんいて後ろでは聖歌隊が練習をしていた。次に道をはさんだ州庁舎へ。四角い中庭を囲んだ回廊形式の建物で、2階への吹き抜け階段と2階廊下に壁画が描かれている。中南米独特の黒を生かした色使いで、メキシコの歴史を描いている。握手しようとしている青服のスペイン人の手は血に塗れていて、後ろ手に王冠を隠している。この国の壁画はみな明確なメッセージが描きこまれていて見応えがある。

次にモレーリア文化会舘へ行くが開いていなかった。道を戻ってミチョアカン博物館へ行くが同様。サンニコラス大学横の図書館をみて、クラビヘロ宮殿をみるが、あまりおもしろくはない。少し離れた水道橋へ向かうが、途中で雨がポツリポツリ降ってくる。幸い傘を持っていたのだが、見る見るうちに土砂降りになってしまい、慌てて近くのカフェに飛び込む。セルベサ(ビール)を頼む。ここも標高2000m近いので、ビール一本でも程よくまわる。1時間くらいビール2本(Corona、Pacifico Clara)で時間を潰して店をでる。N$38。雨は小降りになっていたのでしばらく傘をさして歩く。また晴れて陽がさしてきた。中心街に戻り、モレーロス博物館へ行く。文字が読めずメキシコの歴史も勉強してこなかったのでいまひとつよく分からない。これまで海外旅行の前にはその国の歴史や文化に関する本を数冊読むのが常だったのに、今回は準備不足だったなぁ。その後甘味市場に行き、ココナッツキャラメルのような菓子(N$5)を買う。

この町はカテドラルや公共の施設は綺麗で立派だが、一般の家や商店は古びている。あとで分かったのだが他の街でもほぼ同様。かつての植民地支配を打ち破った後も、やはりこの国は経済的な格差社会なのかと思う。ただどこも掃除は概ね行き届いていて、人々はみな親切だ。治安もメキシコシティ、グアダハラではちょっと注意が必要だが、地方都市ではまったく危ないと感じたことはなかった。

いったんホテルに戻り、シャワーを浴びる。日差しが強く、高地の町なのに一日外を歩いているとかなり消耗するのだ。サマータイムのおかげで20時くらいまで外は明るい。一休みして暗くなってからもう一度町へ出る。カテドラルと州庁舎のライトアップが美しい。この国へ来て最初のディナーに、コリブリ(ハチトリ)という店に入る。明かりはテーブルのキャンドルと淡いダウンライトのみという暗い店内。ステージがあって、弾き語りをしてくれるという。バックに骸骨がコーラスをしている人形が並んでいてユーモラスだ。21時を過ぎているというのに客は僕だけ。赤ワインと前菜盛り合わせとメインの肉を頼んだ。前菜はどうみても3人前という感じ。ゆっくりとワインを飲みながらメインをまつが、どうやらオーダーが入っていなかったようだ。英語が通じないのは覚悟の上だったが、こういうときはなかなか難しい。なんとか通じて、追加でチキンを注文した。22時頃から他の客も数組入ってきた。そのころ、ギターの弾き語りが始まる。言葉が分からなくてもなかなか良い。次第に、他の客たちも声を合わせて歌い始めた。客は少ないが盛り上がり、僕も楽しんだ。最初の晩にもう、この国に来てよかったと思った。ちなみに料理は期待したほどではなかった。演奏が終わったのは深夜0時前。N$280くらいでチップをN$30くらい置いてきた。ワインを3杯くらい飲んでほろ酔い気分で外に出ると、驚いたことにカテドラルのライトアップはまだ続いていた。人通りはまばらだが治安は問題なさそうで、安心してホテルへ戻った。軽く洗濯をして、1時半頃に寝る。